作家九戸政景の書評録
九戸政景@
お試し そらさんの『鏡の中の共犯者』
タイトル:鏡の中の共犯者
作者:そらさん
ジャンル:現代ドラマ
総文字数:7680
執筆状況:完結済み
エピソード総数:一話
評点
キャラクター:20/20
展開・クライマックス:20/20
余韻・余白:18/20
テンポ・リズム:19/20
設定・描写:18/20
総合点:95/100
作品のリンク:https://kakuyomu.jp/works/822139841508337765
内容紹介
お試しという事で、総評などを書かせてもらうことにした作品。
イケメン彼女の齋藤伊織と自称平凡な彼氏の
時雨と伊織のデートがメインで物語が進行していき、周囲からの視線についての感想やデート中の心境などがモノローグで語られるが、その際の文学的な描写や文体がこの作品にとっての味の一つと言える。
伊織のスマートさやその所作に周囲の女性達が魅了されている様や時雨に対する言動などもまた齋藤伊織という登場人物の魅力をしっかりと表しており、読者の中にもこんな人間が現実にいればいいと思うこと請け合いだ。
少しずつ進行していくデートの中、伊織のある一言でこの物語は動き始める。物語が進む中で二人はただのカップルではない事が明らかになり、それに伴って時雨の様子にも変化が見え始め、物語に緊張感が生まれていく。
その後、とあるトラブルに見舞われるもそれを解決して帰宅した二人は真実の中で明日もまた世界を騙しにいく事を決めるところで物語は終わる。
キャラクター性(20/20)
調月時雨と齋藤伊織の両名はキャラクターとしてとても魅力的であり、二人のキャラクター性がこの物語を支えていると言っても過言ではない。
スマートな言動と時雨からモデル体型と評される容姿を持つ伊織はその魅力で周囲を惹き付けながらもそういった周囲には一切目もくれずに時雨のみをしっかりと愛するという誠実さもある。そこに伊織のよさが表れているが、中盤からそれとはまた違った伊織のキャラクターとしての色が見え始める。
始まりから中盤に至るまでのイケメン彼女として時雨をエスコートしたり時雨を支えながら自分達の真実にもしっかりと目を向けたりするその強さは実にイケメンと評するにふさわしく、世間の男性達にも見習ってほしいものだと感じた。
しかし、中盤にて伊織の過去を知るある人物によって伊織のその姿は変化し、イケメン彼女として振る舞っていた彼女の印象とはまた違った印象を受けることとなり、そこに読者はこの作品の新たな魅力を発見することだろう。
自身を平凡と称し、周囲からの反応や伊織の言動についてモノローグで言及していく時雨もまた伊織とは違った魅力を持つキャラクターだ。
平凡を自称する時雨は伊織と比べればたしかに容姿については地味と言っていいだろう。伊織よりも身長は低く、堂々とする伊織に対して猫背気味に歩く事でその姿はより小さく見え、時雨も周囲から見える伊織を美男子や美しい彼氏と表現するのに対し、自身を少し幼い彼氏や甘やかされている可愛い男の子と表現している。
伊織にエスコートされながらとあるものを買いに行き、それを買う際のシーンなどでは伊織には支えられながら“ある真実”についての恐れなどを感じている部分があり、弱気で受け身気味なキャラクターだと感じる読者も少なからずいると思う。
しかし、その印象はあるシーンから一変する。それは前述した伊織の様子に変化が訪れるシーンだ。
イケメン彼女としての仮面がはがれ、ここまでとは違った様子を伊織が見せるのと同様に、時雨もまたここまでとは違った様子を見せるのだ。
伊織の彼氏として伊織の前に立ちながらそのシーンで起きた問題を解決し、しっかりと伊織を守ってみせる時雨の姿は平凡な彼氏なんかではなく、時雨こそが伊織を守る騎士のようなものであると言える。
その後、伊織を支えながら帰宅し、帰宅後に揃って真実を目の当たりにしながらもまた明日も世界を騙しにいこうと伊織に言う時雨もまた時雨なりの強さがあると感じた。
筆者が感じた二人への印象、魅力として感じたキャラクター性は、作者からすれば解釈が違う点は少なからずあるはずだ。だからこそ、何度でも読んで二人の心情や台詞を深くまで読み込んでいきたいと感じる。それだけ深みのある二人であり、読めば読むほど味があるキャラクター達なのだ。
展開/クライマックス:20/20
伊織の紹介や二人のデートの様子から始まり、少しずつその深みを増しながらとある問題が発生し、それを解決した後に二人の真実が読者に対してしっかりと明らかにされるのが本作。
サラッと読もうとした読者やあまり本を読まない読者から見れば、ただただ神秘的で美しい世界が広がるだろう。しかし、ところどころで強調されている言葉の意味に気付いた時、その世界は暗くも煌めきを放つ世界へと変化する。
筆者は本作を最初に読んだ際、強調されている言葉に気付きながらも二人のキャラクター性と世界観に目を奪われ、そのまま読み進めてしまった。だが、理由のわからない読後のモヤモヤが気になっていた。
その後、また読み直しながらも作者と本作について話をしていた時、時雨が『偽りの楽園』という言葉を使っていた理由や読後のモヤモヤのワケがわかって鳥肌が立った。
ただ神秘的で美しいはずの世界の中にある暗い部分がしっかりと目に飛び込むようになり、それと同時に張り巡らされた伏線達が更に作品の格をあげていく。
この書評では極力ネタバレは避けるため、明確な指摘などはしないが、これから読む読者はまずはなにも考えずに最後まで読んだ後に強調されている言葉を意識しながら読む事をおすすめする。これまで何の気なしに読んできた物語が変化し、クライマックスの意味合いが変わること請け合いだ。
余韻/余白 18/20
本作は余白がどうしても多くはなるようだ。だが、余白が多いながらもそれをあまり気にせずに読めるのが本作だ。
そのため、それが気になるという読者も安心して読む事は出来、台詞やクライマックスの余韻はしっかりとしているため、それに酔いしれるのもまた面白いだろう。
卓越した
ライトノベルを主に読む読者からすれば違和感を覚え、本をあまり読まない読者も読み続ける事が少し難しいと感じるかもしれない。だが、文学的な表現達が与えてくる余韻は実に気持ちはいいので、それもまた読書のよさだと認め、ひとまず最後まで読む事をおすすめする。その後、感じていたことがあればコメントなどに書けばいいのだ。よくも悪くも感想というのは作家の今後のモチベーションやそれらをフィードバックして改稿に活かすチャンスとなるのだから。
テンポ/リズム:19/20
テンポやリズムに悪い点は特にはない。総文字数が8000文字弱と少し長く感じる読者もいるかもしれないが、それでも途中で引っ掛かりを感じることなく読む事は出来るため、テンポやリズムが悪いということはない。
ただ、強いて言えば本作のよさでもある様々な言い回しとあまり普段から使う機会がない単語にルビが振られていない事で疑問を感じてそれが気になってしまう読者もいるだろう。その点も踏まえて満点にはできなかったが、それでもその点はあくまでもこの作品並びに作者自身の特徴であり味だと感じた。
そのため、賛否両論はもちろんあるかもしれないが、その前後などから内容は感じとれ、読み進めていく上での圧倒的な障害にはならないのでこの点数とさせてもらった。作者がその強みを活かしながらも、より多くの読者が世界観を頭の中に浮かべられるだけの工夫を可能とした時、並大抵の作家のみならずランキングにて上位層に数えられる作家達すらも凌駕するだろうと感じているので、作者には無理をしない程度に今後も頑張ってほしいものである。
設定/描写:18/20
ここまでの書評で設定に対しての文句などはないことはわかってもらえていると思う。ただ満点にならないのには少し理由がある。それは、現代ドラマというジャンルを設定しているからこそドラマチックさをもう少し求めたいと思ったからだ。
現代ドラマを書く際、やはり意識しているのは現代という舞台の中でどれだけ人間というものをしっかり書くかだ。
ただ恋物語を書きたいなら恋愛でよく、そこにコメディ要素を足したいだけならラブコメでよく、他のジャンルも同様だ。ただ、現代ドラマは他のジャンルとは少々毛色が違う。
恋愛や友情といった関係性や各キャラクターの心理描写、それらを意識しながらも現代において違和感を感じさせない設定にした上でドラマチックさにも目を向ける。現代ドラマとはテレビなどで放送されている現代が舞台のドラマのように書けばいいという声をよく聞くが、それともまた違うのではないかと筆者は感じている。
それを踏まえて本作に触れていくと、書き出しからクライマックスに至るまでドラマチックさはあり、設定や描写も緻密な調整がされているので作者のこれまでの努力がしっかりと垣間見える。
ただ、少し惜しいと感じていた点が実は存在する。それは阿久津という登場人物が出てきた後のシーンだ。伊織の過去を知る阿久津の言動で伊織のイケメン彼女としての仮面がはがれる部分で時雨が静かに阿久津を一喝するのだが、その部分において阿久津の言葉を遮る形で時雨が一喝をしたり、時雨に圧される阿久津が最後の足掻きをしようとする中で時雨がトドメとも言える言葉を阿久津に向けるというのもありなのではないかとおもってしまったのだ。
ただ、このままでも完成度は高い。なので、あくまでもこれは筆者が感じたものというだけであり、作者から見れば蛇足であればもちろん無視をしてもいい。それだけしっかりと練られた設定と他に類を見ないほどの描写ではあるのだから。
総合評価:95/100
さて、ここまで偉そうに語ってみたがいかがだっただろうか。筆者は書評などを書くのは初めてであり、見当違いな事やもっとうまい言い方ももちろんあったと思う。
ただ、この書評は作者の作家仲間であり親しい仲だからという点は抜きにして書いている一読者としての書評だ。
つまり、他の読者の中にも同じ事を感じる人がいる可能性は十分あり、その伝え方がどうであれそれはしっかりとした評価だ。
もちろん、ろくすっぽ読まずに評価をしようとしたり読めば書いている事を感じ取らずに質問したりするのは論外であり、悪意のあるネタバレをレビューなどでしたり読んだふりをして読み返しなどを求めたりするのは人間としてアウトだ。
だからこそ、作者には寄せられたコメントをすべて鵜呑みにしたり多少低めの評価をされるなどしてランキングに影響が出てもそれでモチベーションを下げてはほしくない。
ここまでの作品を練り上げ、設定などにも注意を払いながら完成をさせたという点はやはり高い評価をしてしかるべきであり、どんな長さであれ作品を書き上げて完結させられるというのは作家として誇れることだ。
本作の作者はもちろん、この書評を読んでいる諸作家達、特に新人作家達はまずは自分の中にある作品の種を植え、描写や設定を工夫しながらそれを育て、やがて完結作品という花を咲かせる事を意識してほしい。極論ではあるが、100文字だろうと1000文字だろうと100000文字だろうとそこにしっかりとした物語があれば長さなど関係なくそれはあなたが考えて、書き上げた大切な作品なのだ。それを誇り、今後も頑張ってみてほしい。書き上げたという成功体験はしっかりと積み重なり、きっとあなたの今後の創作活動の助けになってくれるだろう。
書きたいことは終わったので、そろそろ筆を置かせてもらおう。そらさん、いい作品を読ませてもらい、書評を書く許可を出してくれて本当にありがとう。これからも一読者として楽しみにさせてもらうので自分のペースで是非頑張ってほしい。あなたの作品を求め、それに救われている人は絶対にいるのだから。
作家九戸政景の書評録 九戸政景@ @2012712
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