街外れの安宿に住む低ランク冒険者。実は最強。
有賀冬馬
1-1
朝はいつも、同じ音で始まる。
安宿の天井板が、誰かの寝返りに合わせてきしむ音だ。上の部屋か、隣か、それとも下か。考える意味はない。ただ、ここが安い宿で、薄い板一枚で人の生活がつながっている場所だということを思い出させてくれる。
「……朝か」
独り言は、声に出す必要もないくらい小さい。
体を起こすと、ベッドが不満そうに軋んだ。古い。けれど壊れてはいない。ここはそういう宿だ。
壁に掛けてある外套を手に取る。色あせて、ところどころ擦り切れている。昔はもっとまともだった気もするが、今となっては思い出せない。剣も同じだ。刃こぼれした剣を鞘ごと腰に下げると、ずしりと重みだけは正直に伝わってくる。
テーブルの上には、最低ランクのギルド札。
銅色で、光沢もない。触るとひんやりしていて、これが自分の立場だと嫌でも分かる。
「今日も、変わらず……か」
そう呟いて、部屋を出た。
一階の食堂は、朝からそこそこ賑わっていた。パンの焼ける匂いと、薄いスープの湯気。宿の主人が大声で笑い、常連らしい冒険者たちが、それに適当な相槌を打っている。
「ああ、レオン。今日も早いねえ」
「いつも通りです」
「働かないのに、早起きだけは一人前だ」
冗談とも本気ともつかない言葉が飛んでくる。
笑われても、肩をすくめるだけだ。
「体を動かさないと、逆に疲れるんですよ」
「はは、もっともらしいこと言って」
視線を感じる。
役立たず。怠け者。あいつは依頼を選びすぎる。危ないことから逃げている。
どれも、間違ってはいない。
パンをかじり、薄いスープを飲み干す。味は覚えていない。ただ、空腹が満たされればそれでいい。
力を使わない。
誰かを守る立場に立たない。
それが、今の自分の生き方だ。
生き残るための、条件でもある。
宿を出て、街の中心へ向かう。
舗装された道の先に、冒険者ギルドの建物が見えてきた。今日も掲示板の前には人だかりができている。
「おい、これ報酬安すぎだろ」
「護衛? 街道沿い? 魔物が出るって噂だぞ」
いつもの光景。
依頼は多いが、引き受け手は選ぶ。命がかかっているから当然だ。
その人だかりの端で、ひときわ小さな声が聞こえた。
「……あの、お願い、できませんか」
振り向くと、いかにもな村娘が立っていた。
素朴な服装に、背中の籠。薬草採取人だろう。手は少し震えていて、それでも必死に言葉を探している様子だった。
「村の、護衛を……夜だけでいいんです。数日で……」
「夜? 冗談だろ」
「証拠はあるのか? 魔物なのか、人なのかも分からないじゃないか」
冒険者たちの声は冷たい。
責めているわけではない。ただ、計算しているだけだ。
俺は、その少し後ろに立っていた。
話しかけられる距離でも、助け船を出せる位置でもあったが、何もしない。
「夜になると、人がいなくなるんです……。畑が荒らされて、家も……」
「それは村の自警団の仕事だろ」
「報酬が見合わないな」
次々に断られていく。
村娘は、何度も頭を下げた。
「家族が……父と母が……」
その言葉に、一瞬だけ胸の奥がざわつく。
けれど、足は動かない。
危険だ。
証拠もなく、割に合わない。
それに――。
「……すみません」
彼女の声は、ほとんど消え入りそうだった。
俺は掲示板から目をそらし、外套の襟を正す。
ここで声をかける理由はない。
低ランクの俺が出ても、事態は変わらない。
いや、変えられるかもしれない。
それでも、変えない。
誰かを守る立場に立たない。
それは誓いだ。
彼女は、最後にもう一度だけ掲示板を見上げ、それから踵を返した。
背負い籠が、やけに重そうに見えた。
俺は、その背中を見送る。
後悔はない。罪悪感も、もう慣れた。
「……いつも通りだ」
そう心の中で言い聞かせ、ギルドを後にした。
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街外れの安宿に住む低ランク冒険者。実は最強。 有賀冬馬 @arigatouma
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