第3話 消毒液の余韻 敬語禁止とおろした髪

 


 あれから――俺は事の顛末を知った。



 頭が真っ白になった。

 正直、ほとんど頭に残ってはいない。




 でも――


 彼女が生きてる。



 それが分かれば、いまは十分じゃね?




 俺は真っ暗な空間とは別――部屋の中央にある回復ポッドへと向かう。

 消毒液の独特な臭いが、ちょっと鼻についた。


 ここは、ホテルのスイートルームと、SFアニメの研究所を足して二で割ったような空間とでもいえばいいか……。

 ――といっても、ホテルなんて学校行事でしか泊まったことないから、あくまで俺のイメージなんだが。


 床は毛足の長い絨毯なのに、壁は継ぎ目がなくてツルツルしてる。ミスマッチ。不思議な感じがする。


 とにかく、俺みたいな奴には不釣り合いなほど、白くて清潔な部屋だ。



 なんだか落ち着かない。


 ここに来てから軽口が増えた気がするのは、そうでもしないと精神のバランスが取れないからだろう。


 モブっぽい俺がここにいるには、なにかしらの役割を演じる必要がある、みたいな。




 ポッドの中には、やっぱりアニメのヒロインにしか見えない彼女――栗色の髪が液体の中で海藻みたいにユラユラ揺れていた。


 転移前の最終調整。最後のチャンスと思って足を運んだ甲斐があったな。



『もがっ!? もっももっもっ!』


 ありゃ、起こしちゃったか。


「えっ、なに? 聞こえないんだけど?」


 俺はわざとらしく耳に手を添えて、顔を寄せた。


『もがぁあああっ! もーっ! もーっ!』


「はいはい、おちょくって悪かったよ。んじゃ、また後で」


 目的はすでに達したので、後ろ手を振ってその場を後にする。


 この場所に足を運んだ理由? 自分の目で見ておきたかったんだよ。


 気になるじゃん? 相手は、女の子なんだし。




 俺のやらかし――彼女の首筋の咬み傷は、跡形もなく消えていた。



 俺の左手もここで治したらしいし。仮想現実学校といい、未知の技術、やべーわ。




 ……まあ、白い部分がチラっと見えた気もするけど。

 それは、不可抗力ってことで、さ。





「アマテラス、止めないでくださいっ! 武士の情けです。乙女の尊厳が傷つけられたんですよ? 先輩を殺して、私も死にますっ!」



『「いやいや、殺すも死ぬもダメだろ……」』



 俺はマニピュレーターに雁字がらめになってる腹切りガールを前に、管理存在アマテラスと同時にツッコミを入れた。


 ラスト・ワンが、ただのゼロになっちゃうでしょうに。


 ちなみにアマテラスは、ちょい大きめな丸いドローンに機械の腕──マニピュレーターが二本ついてる子供の落書きみたいな存在やつだ。



「そうは言うけどさ。そもそも俺のハッピーライフを邪魔しに来たのは誰だっけ?」


「ゔっ!?」


「手順をしっちゃかめっちゃかにして、俺を煽って暴走させた挙句、死にかけた人がいるらしいんだけど……ほれ、なんか言い残すことはあるか?」


「うきゅう……。……も、申し訳、ありません、でした……」


 うわ、すげー不満そうな顔。


 美少女がそういう顔したらダメだろ……。



 あれから。


 ――俺のやらかしの直後だ。



 管理存在アマテラスが現れて、あれよあれよと事が進んだ。


 まず、今にも死にそうな要救護者をキレイに裸にひん剥いて、回復ポッドにドボーン。


 俺はなぜか急に太くなったマニピュレーターにフルスイングで一発ぶん殴られた。


 そして、そのままずるずると引きずられてカウンセリングへ。


 その時に、俺のために作られたリフレッシュ空間――あの学校やら、今後の話やらを聞いたってわけだ。



 世界が急に壊れたのは、あそこが仮想現実だからって言われて、すんなり腑に落ちた。



 彼女の方はというと、容体が落ち着いた後で俺がアマテラスにぶん殴られる動画を見せられ、『代わりにぶん殴っといたから、これで手打ちにしてくれないか』と説得されたらしい。


 最初は割に合わないとブーたれてたようだが、最終的にはオーケーを出した。



 なんでカウンセリングを受けてた俺が、

 事の顛末を知っているか?



 正解は、

 そのあとで一部始終を録画していた動画を強制的に見せられたから。二回も。



 俺が殴られた瞬間の顔をドアップにして、「ほらほら、さすが、ショウ先輩。お見事です!」とか。


 指差して、笑うなや。


 一つ間違えてたら、お互い死んでたってのに、ホントいい性格してるよ。



『異世界転移の準備があるので』と、アマテラスは彼女の拘束を解いて、どこかへと消えた。


 そんなこんなで、俺たちは所用を済ませ、こっちの世界での最後の休憩タイムを過ごしている。


 とはいえ、異世界に持ち込めるのは身につけている服飾品ぐらい。やけに高そうなリクライニングチェアの感触を楽しんでるだけなんだが。

 椅子って、おしりが沈むのもあるんだな。初めて知ったわ。



「でもなぁ、やっぱJKハーレム、やりたかったなぁ……」



 なぜなら、それが男のロマンだから。



「もう、いつまで過ぎたことをぐちぐち言ってるんですか。男らしくないですよ?」


「うるせぇ、コトハ。なんなら、お前が俺の相手をするか!?」


「べーッ! こっちにも選ぶ権利ぐらいはありますー」


 そういって、あっかんべーをしてみせるコトハ。


 動きに合わせて、ふわりとおろした髪がゆれる。

 上で縛るのをやめたせいで、まだ違和感があった。



 そう、こいつの名前は『コトハ』という。


 天使のような見た目をした、小悪魔。

 今じゃ、ただのくそ生意気な後輩だ。


 いつまでも気まずいのが嫌だったからさ。

 杓子定規の自己紹介のあとで、話しかけたんだよ、俺から。


 そりゃ、ものすごい頑張ってさ。



『あ、あの。コトハ、さん――』


『さん?? 先輩より、わたしのほうが年下ですよね?』


『あ、そうだね。いや、そ、そうだな』


『で、なにか用ですか?』


『いや、その……なんでツインテールやめちゃったの?』


『それ、先輩に言う必要あります?』


『……ない、……ね』


『あと、敬語。やめてもらっていいですか? さん付けも。それじゃ、失礼します』


『ああ、うん。また……』



 敬語だと無視されるから、仕方なく。

 で、それにも慣れて、今や言い合う関係になったってとこだな。


 俺のなかに――あのとき感じたものは、もうなかった。



 実はこの世界の住人ではなく、この世界とよく似た並行世界から来たという。


 どおりで見覚えがなかったはずだわ。


 まあ、は、超絶美少女だからね。うちの学校にこんな子がいたら、隠れファンクラブとかできて大騒ぎになってるわな。



「――なあ、コトハ。もう一度、お前のこと教えてもらってもいいか? 今回の異世界行きの目的とか、その他もろもろ」


「はあっ? もしかしなくても先輩、一回で覚えられなかったんですか?」


 信じられない、といった表情を浮かべる。


「そりゃ、もちろん覚えてるよ。覚えてるんだけど……。

 ここを出たら敵の本拠地なわけだろ。今のうちに情報のすり合わせとか再確認とか必要じゃね?」


「あ、確かに! 先輩にしては冴えてますね」


 なんだよ、先輩にしては、って。


 リクライニングチェアの前に立つコトハ。全体像をあらためて見るに、やはり整っている。

 俺とは違う世界の生き物だといわれても納得できるほどの説得力がそこにはあった。


 まあ、実際に別の世界の住人ではあるんだけどな。



「では、頭のできが悪い先輩のために、もう一度自己紹介しますね」


「頭の件は余計じゃね?」


「ダマップっ! 余計なチャチャ入れたら止めますよ?」


「んじゃ、心の中でツッコんどくわ」


 ダマップって、なに?

 まあ意味は伝わるけど。


「それはそれで嫌なんですけど……(コホン)わたしの名前はコトハです。【言の葉】と書いて、コトハ。沖津川市立沖津川高等学校の1年1組。剣術部に所属して――」


「アレ、剣道部じゃなかったっけ?」


「剣道……? いえ、剣術です」


 すっと手をあげ、無音で振り下ろす。

 俺の眉間の高さ。ピタリと止めて。


 その瞬間、俺のうなじの毛が逆立った。

 が、それも一瞬のこと、すぐに収まる。


「ほーん。あ、わりぃ。続けてくれ」


「えっと、年齢は今年で16なので、ショウ先輩の後輩になります。そして、ショウ先輩のいない世界、こことは別の世界のラスト・ワンです」


「はい、質問!」


 えー、またー? みたいな顔すんな。ちゃんと真面目なやつだよ。


「なんで俺がいない世界って分かるんだ?」



 どっかにいるかも知れないだろ。俺みたいなモブだったら。



「だって、ラスト・ワンは、なんですよ? もし先輩がいたとしても……」


「あぁ、すでに死んでるってわけか。なるほどなー」


 そりゃそっちの世界にはいないよな。


 ……こっちの世界だって、なんで俺が生き残れたのか、未だにわかんないし。



「じゃあ、ついでに。そもそもさ、ラスト・ワンって俺たちの認識は一緒のモノなのか?」


「認識ですか? んー。【最後の生き残り】じゃないんですかね、わたしはそう解釈してます」


「そうそう。俺もさ、最初は【最後の人類】とかって意味だと思ってたんだけど」



 だから、ラスト・ワン。最後の一つ。

 この場合は一人か。



「でもさ、生きてるよな、人類。狙われたのは、日本だけって話だろ? 他の国はピンピンしてる。そしたら、俺たち、ラスト・ワンじゃなくね?」


 そもそもラスト・ワンが、この場に二人集まってる時点で破綻してるんだけどな。俺らの認識。


「えっ!? あ、そうか。言われてみれば変ですよね」


「だろ? んじゃ、その辺りをもう少し考えてみるとするか。まだ時間はあるだろうし」



 アマテラスは、席を外したっきり顔を見せない。

 転移の準備がどんなものなのかイメージが湧かないけど、二、三日はかかるかもな。



 俺はリクライニングチェアから、ほいっと立ち上がると周囲を物色する。

 何をはじめるのかと興味深そうにコトハが寄ってきて――


「とりあえず書けるものを探してくれよ。まずは情報の書き出しからやってみようぜ?」


 とりあえず、片っ端から机の棚、ロッカーやらを開けていく。

 なにに使うかわからないものが、ゴロゴロしてた。


 こういうハイテク機器を見るとワクワクしちゃうのは、やっぱり男の子だからかねぇ。


 一度、好きなだけ触ってみたかったんだよな。俺ってば、連絡用のスマホしか持たせてもらってなかったし。



 そうして俺たちは、回復ポッドの部屋の物色を続けるのだった。




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自己評価ミジンコの俺と最強後輩 ――生存本能(バケモノ)に生かされた少年の、笑いと泥にまみれた人生賛歌 希和(まれかず) @charjya

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