生存率だけは英雄級と呼ばれる最弱冒険者は、今日も誰かを生かして帰る

塩塚 和人

第1話 二つ名だけが先に行く

「――で、君が例の“生存率だけは英雄級”か」


冒険者ギルドの受付前。

初対面の新人冒険者は、期待と好奇心を隠しきれない目でこちらを見ていた。


「……違います。正確には、そう呼ばれてるだけです」


そう答えると、新人の表情が一瞬だけ曇る。

すぐに気づいた。――ああ、まただ。


期待されて、

実力を見られて、

失望される。


その繰り返し。


俺のランクはF。

討伐成功数は少なく、戦闘記録もぱっとしない。

それでも名前だけは、妙に知られている。


『生存率だけは英雄級。』


誰が最初に言い出したのかは知らない。

たぶん皮肉だ。

強くない、勝てない、目立たない。

なのに、なぜか死なない。


それだけの冒険者。


「英雄級って聞いてたんですけど……武器、それだけですか?」


新人が視線を落とす。

俺の腰にあるのは、年季の入った短剣一本。

刃こぼれも多いし、見た目も地味だ。


「前に出る仕事じゃないので」


正直に言うと、新人は困ったように笑った。


「……まあ、行ってみないと分からないですよね!」


その言葉に、胸の奥が少しだけ痛む。

ああ、分からないままのほうが、きっと幸せだった。


―――――


依頼は簡単なはずだった。

洞窟に住み着いた小型魔物の駆除。

新人にとっては初仕事、俺にとっては慣れた“失敗しやすい”依頼。


洞窟に入ってすぐ、嫌な違和感があった。


足跡が多すぎる。

空気が重い。

壁の傷が新しい。


「……引き返そう」


思わず口に出した瞬間、新人が振り返る。


「え? もうですか?」


「数が合わない。依頼内容より多い」


説明すると、新人は戸惑いながらも納得しかけた。

だが、その時。


奥から、魔物の唸り声が響いた。


新人の顔が強張る。

剣を握る手が震えている。


「戦えますか?」


その問いに、俺は首を横に振った。


「戦えば、誰かが死ぬ」


断言だった。

新人は驚いたように俺を見る。


「でも……!」


「走れるか?」


一瞬の沈黙。

それから新人は、小さく頷いた。


俺は迷わず叫ぶ。


「撤退!」


走る。

転びそうになりながら、息を切らしながら、洞窟を抜ける。

背後で魔物の気配が迫るが、分岐で撒く。

出口が見えた時、新人は泣きそうな顔をしていた。


―――――


ギルドに戻ると、依頼は失敗扱いだった。

報酬は出ない。


「やっぱりな」


誰かが笑う。

「英雄級(笑)」という声も聞こえた。


新人は何も言わなかった。

ただ、震える手で依頼書を返し、深く頭を下げた。


「……ありがとうございました。生きて帰れました」


その言葉だけが、胸に残る。


二つ名だけが、先に行く。

実力も、評価も、ずっと後ろだ。


それでも俺は、明日も依頼を受ける。

勝てなくてもいい。

称えられなくてもいい。


――死なせない。それだけでいい。


そうやって今日も、

『“生存率だけは英雄級”』の冒険者は、生きて帰った。

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