魔法の授業で「隣の席の美少女のラフ画」を超高画質で投影したら、人生が詰んだ。(あるいは始まった)~画家志望なのに手違いで魔術学院へ入学した僕のボッチは加速する~【誤算のアストン】

セキド烏雲

第1話 「いきなり落第生!」

 星灯暦1130年、方舟月1週6日。


『深淵を探求せざる者、この門をくぐるべからず』


 厳かな文言が彫り込まれた分厚い石造りの門をくぐったのは、つい三日前のことだ。

 僕は、描いた絵で誰もが感動の涙を流す、そんな史上最高の画家になるために、幾人もの画匠を輩出してきた学園都市ロスミネラにある「ホナルカエル美術学院」に入学する……。


 はずだった。


 なのに、なぜか僕は今、重厚な石壁と古びた木製の机が並ぶ、「バラ=エル魔術学院」の教室にいる。


 窓の外からは新緑を揺らす微かな風の音が聞こえてくるが、教室内の空気は鉛のように重い。


「アストン!アストン・カッシアン!」


「はひっ!」


 突如、担任教師のヴァーノンが鋭い視線をこちらに投げつけてきた。彼の分厚い教科書が、教卓の上で鈍い音を立てる。


「お前にはサービス問題だ。魔法の六属性とその相性を述べ、それぞれの属性の歴史上の秀でた魔術師の名を挙げよ」


 どこがサービス問題なんですか!いきなり振られても分かるわけがない!


 なぜなら僕は、魔術の勉強なんか1ミリもしてこなかったのだから!


「えっと……えーと、火とか……水とか?」


 僕が顔を赤くしてテンパっていると、教室中から抑えきれない笑い声がどっと上がった。冷たい視線が僕に集まるのを感じる。


「まったく!どんな間違いでお前はこの学院に入ったんだ?!」


(それはこっちが聞きたいですよ!)


 僕は恥ずかしさに身を縮めながら、心の中で絶叫する。


「ヴェナ。代わりに答えてやれ」


 ヴァーノン先生の矛先が、僕の隣の席へ向いた。


 そこに座っているのは、美しく艶やかな黒髪を持つ少女だ。窓から差し込む陽光を受けて、彼女の髪は真珠のような光沢を放っている。


「……嫌です」


 その少女、ヴェナは、今の今まで熱心に起きているように見えたのに、指名された瞬間に机に突っ伏し、そのままスー、スーと寝息を立て始めた。


 完璧な寝たふりだ。もはや芸術的ですらある。


「そんな事あるか!!ったく……キノル。頼めるか?」


 先生は諦めて、窓際で一人、分厚い専門書を読んでいる淡い紫髪の少女、キノルに視線を移す。


 彼女は、机の上に塔のように積み上げられた本の隙間から、僅かに教師の顔を覗かせた。


 隣の席の生徒が、気を利かせてキノルに質問内容を極小の声で耳打ちする。ということは、彼女も全く授業を聞いていなかったということだ。


 キノルは、無表情のまま、音もなく静かに立ち上がる。


「炎破(えんは)、水氷(すいひょう)、風凪(かぜなぎ)、緑沃(りょくよく)、雷駆(らいく)、幻妖(げんよう)。相性は水氷は炎破に優位、炎破は風凪に優位、風凪は緑沃に優位、緑沃は雷駆に優位。雷駆は水氷に優位。幻妖は独立。著名な魔術師はそれぞれ……」


 彼女は、まるで百科事典を朗読するかのように、抑揚の乏しい声で淡々と答えていく。その声は、教室の隅々まで澄んで響きわたった。


「なお、六属性以外にも、魔疫(まえき)、刻世(こくせい)の属性が存在しますが、現在では禁術として扱われる。魔疫魔法の著名な魔術師は、千年以上前に滅んだ国、イスカリアの王子ルトハール。刻世については同じく……」


 クラスの生徒達は、彼女の完璧すぎる知識量に、驚愕と諦めが混じった表情を浮かべる。


 これはいつものことだ。彼女は、長い歴史を持つ魔法学院の中で、数少ない殿堂入りを果たすであろう稀代の天才少女だと、誰もが期待する人物なのだ。


 そして、このクラスには困ったことに、もう一人の天才が存在している。


 それは、僕の隣で寝たふりを決め込んでいるヴェナ。


 こんな態度だが、アルゴエイムの風の鳴る谷集落出身の彼女もまた、入学試験で試験官に「始まって以来の逸材」と言わしめた神童だ。


「流石だ、キノル。……アストン!お前も少しは見習え!」


 再びクラスに、遠慮のない笑いが起きる。僕は、少しでも目立ちたくないと願い、背中を丸めてダンゴムシのように席に座った。


 俺の代わりに答えてくれたキノルは、誰とも目を合わせず、感情の読めない無表情のまま静かに座り、再び本に没頭し始めた。


 学院生活も今日で三日目。


 既にグループが出来ている教室内で、魔術の話題についていけない僕は、あっさりと取り残され、完全に「ボッチコース」が確定してしまったのだ。


 キンコンカン……。


 重々しい授業終了の鐘が鳴る。


「よーし、今日は此処までだ。寮に戻っても夜更かしせず、体調管理に努めること。以上!」


 僕は重い鞄を背負い、逃げるように教室を後にした。やっと終わった。あとは寮に帰って寝るだけだ。


 ……この時の僕は、まだ知らなかったのだ。安息の地であるはずの寮で、落第どころではない――僕の人生を決定づける『致命的なアクシデント』が待ち受けていることを。





※本作は、長編『溟海のイル』の側面を描いたスピンオフ短編(全3話)です。 本編では、少女「イル」と、彼女に憑依する幽霊「ルト」の視点で物語が進みます。 気になった方は、ぜひ本編もご覧ください! (https://kakuyomu.jp/works/822139841430093938

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