お嬢様と貧しい少女

仁志隆生

お嬢様と貧しい少女

 むかしむかし、あるところにそれはたいそう頭のいいお金持ちのお嬢様がいたそうな。

 このお嬢様は大人でも分からない難しい事でもあっという間に覚えてしまってなんでも知っていて、自分には知らないことなんかないといつも言っていました。


 ある年の暮れの事。

 お嬢様は何を思ったのか、屋敷を抜け出して町へ出かけました。


「ふう、やっぱり外の方が息抜きできますわね」

 そんなことを呟きながら歩いていると、

「あら?」

 お嬢様が見つけたのは、みすぼらしい服装と裸足で、籠にたくさんのマッチ箱を入れていてそれを売っている少女でした。

 見ていると誰も見向きもせず通りすぎていて、少女は困り顔になっていました。


「あら、貧乏な家の子は大変ですわね。よし、ひとつ買ってあげましょ」

 そう言いながら少女に近づいていきました。 


「ねえ、そのマッチっていくらですの?」

「は、はい。えっと」

 少女が値段を言うと、

「あら、そんなに安いの?」

 お嬢様は驚きの表情で言います。

「お金持ちの方からすればそうかもですけど、高いのかあまり買ってもらえません」

 少女は頭を振って言いました。


「うーん、高いというよりあなたの売り方が悪いんじゃないかしら?」

「え?」

「失礼だけどあなたって声が小さいし、聞こえてもただマッチを買ってだけじゃ誰も買わないですわよ」

「そう、ですか?」

「そうよ。ちょっと貸して。私が売ってあげますわ」

 お嬢様は籠をひったくるように取り、道行く人に声をかけてはマッチを売りこみましたが……。




「……なんでダメなの? 知ってる通りにやってますのに」

 全然売れずに落ち込んでいました。


「あの、差し出がましいですが、話しすぎなせいでは?」

 少女がおそるおそる言います。

「なぜ? このマッチがどう役に立つかとかを語らないとでしょ」

「そうかもですけど、先を急いでいる人もいますからあまり長く言うのは」

「なるほど。ああ、私ったらお店で売ってるつもりで話していましたわ」

 そして今度は短く分かりやすく売り込みましたが……。




「うう、またダメでしたわ」

 お嬢様は道の隅によって座り込んでしまいました。

「すみません、余計な事を」

 少女が申し訳なさそうに言います。

「いえ、私が邪魔してるのだからあなたが謝らなくても……しかしどうしてかしら?」

 お嬢様が首を傾げて言い、

「分かりません。やっぱり高いのかなあ? でもこれ以上安くできないし」

 少女は困り顔になっていました。

「うーん、この私にも分からないなんて」


「おや、もしかしてマッチを売ってるのかの?」

 通りかかったお爺さんが二人を見て言いました。

「え、ええ。ひとつどうですか?」

 少女が答えると、

「ああ、いただくよ。ちょうど買いに行こうと思ってた所だったんじゃが、近くで売ってくれていて助かったわい」

 お爺さんは代金を払ってマッチを受け取り、来た道を戻っていきました。


「あ、そうですわ。必要な人がいる場所で売ればよかったのですわ」

 お嬢様が手を叩いて言いました。

「けど誰がそうなのか分かりません」

「それは知ってますわよ。さあ、行きましょ」


 お嬢様は少女の手を引いてある場所へ行きました。




 そして夕方になり、

「ありがとうございました。おかげで全部売れたどころか、また売りに来てとなりました」

 少女が深々とお辞儀をしてお礼を言います。

「よかったですわ。パン焼き小屋ならすぐに火を使いたいでしょうし、兵舎なら手早く火をつけたい時もありますものね」

 お嬢様と少女は火が必要な場所を巡ってマッチを売りこみました。

 断られた所もありましたが、いくつかの場所で売れて先ほど言った通り定期的に買ってくれる約束までしてもらえました。


「これでなんとか年を越せそうです……あの、なぜここまでしてくださったのですか?」

 少女はやはり気になったのでしょう。


「初めはただ意地になっていただけでしたけど、今はあなたに会えてよかったと思ったからですわ」

「私に会えて?」

「ええ。私はなんでも知ってるつもりでしたけど、まだ知らないこと、気づかないことがたくさんあるんだと知れたからですわ。あなたのおかげでね」

「い、いえそんな」

 少女は少し照れつつも恐れ多いと思いました。


「あ、そうだわ。できればお友達になってくれませんこと?」

 お嬢様が少女の手を取って言いました。

「え、ですけど私はこのとおり」

「関係ないですわ。ねえ、お願いしますわ」

「……はい、私でよければ」

 少女は少し笑みを浮かべて頷きました。

「ありがとう。あ、まだ時間はありますよね?」

「え、はい?」

「じゃあ靴と服買いに行きましょ。今日のお礼と記念にね」



 

 その後二人は時間のある時に会っては語り合い、互いに知っていることを教え合ったりもしました。

 そして大人になった二人は一緒にあちこちを巡りました。


 未知なるものはまだまだたくさんある。

 それらを知って世の中の役に立てれば、皆が幸せになれるのではと思いながら。



 終

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お嬢様と貧しい少女 仁志隆生 @ryuseienbu

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