森の中で

日浦 杏

第1話 絡みつく

 ひと目見たときから、彼女のことが好きだった。ゆっくりと動く彼女の姿、長く綺麗な黒髪。

一目惚れだったと思う。


 私は彼女を見たくて、いつも彼女の元へ行った。彼女に気づかれないようにそっと影から見つめていた。


 彼女は静かな人で声を聞いたことは一度もない。

いつも静かに髪を揺らしていた。

私もあまり話すのは得意ではないが、一度勇気を出して彼女に話しかけたことがある。

彼女は少し振り向いただけで、返事はしてくれなかった。話ができなくて残念に思った。

でもそんな彼女が好きだった。


 いつも通り、彼女の元へ行くと数人の男が彼女を取り囲んでいた。

彼女の身体を触り、無理矢理連れて行こうとしていた。

僕はとっさに声を上げた。

だけど男達に僕の声は届かなかった。

彼女は抵抗することもなく、白いベッドに乗せて連れて行かれた。

僕は彼女のために何も出来ないことを知って、

嘆き悲しんだ。


 僕の泣き声ははざわめきとなって、彼女の耳に届くだろうか。

あの日1人で首をつった彼女と、彼女を見るために木に絡みついた僕。

この場所から動けない僕は、彼女の声を聞くことはできない。


(解説)

僕=ツタ

彼女=首吊り自殺をした女性

男達=自殺者を発見した救急隊員

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森の中で 日浦 杏 @sky0725

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