第02話 変化

「……、う、うぅぅ。こ、ここは……、どこだ?タ、タイガは?」

「兄ちゃん、起きたのかい?ここにいるよ」


体が分解されるような強烈な浮遊感に耐え抜いたレオンとタイガは、見知らぬところで目が覚めた。

さっきまで自分たちがいたコンクリートの壁も鉄の檻にも囲まれていない。

四角い箱を自分たちに掲げていた人間すらいない。

いや、少し離れた所に四、五人ほどの黒ずくめの人間が立って自分たちを見ているようだ。


(兄ちゃん、動かずに死んだフリをしててくれ)

(わかった)


タイガが自分にだけ聞こえるように耳打ちをしてくる。

すぐにレオンは薄眼だけを開けてジッと身体を横たえたままにしている。



「ば、馬鹿な!人間ではない!獣人、しかも規格外の…化け物だ!召喚は失敗だ!」

「どうするのだっ!王にどう報告すればよいのだっ!」

「し、知らん。……、召喚は失敗だ」

「召喚手順に誤りでもあったのか!?」

「人間を召喚できるように二足歩行である事を条件にしております。また、二人召喚する為に一緒にいる人物も条件にしております」

「だが、ここに現れたのは人間ではないぞ?どう見ても獣人であろうがっ!それに私は色々な獣人を見たことがあるが、こんなものは見たことがない種類であるぞ!」


「誰が悪い」

「誰の責任か?」

「国の威信をかけた召喚で失敗するとは何事ぞっ!」

「再度、召喚せよ」

「無理でございます」

「何とかせよ!」

「勇者を呼ぶのだ!世界を王へと差し出さなければ……」

「む、無理でございます。魔力が枯渇しております」



彼らは本来、強力な「勇者」を召喚するはずだった。

男たちの話では異世界から二人の人間を召喚し、自国の為に働かせようとしている魂胆だとタイガは瞬時に理解できた。

この男たちの中で一番豪華な服を着ているものが偉いんだと言う事も。


「ええぃ!もうよい!貴様ら国に帰ったら覚悟せよっ!許さんからなっ。お前達の家族諸共すべて処罰してくれるっ!」

「あ、あの、伯爵様。こやつらは如何致しましょうか?」

「捨ておけっ!どうせ、召喚失敗で死にかけであろうがっ!放っておけ!あんな『化け物』の心配よりも、国に帰ってからの貴様ら自身の事を心配するのだな。行くぞっ!」



(…………、兄ちゃん、あいつら離れて行ったけど、まだ安心できないな。もう少し、このままの方がいいだろうね)

(そうだな。まだ匂いがあるからな。このまま横になっていたほうがいいだろう)



時間にして三十分くらいだろうか?

辺りには人の気配がない。小動物くらいしかいないようだ。


「兄ちゃん、大丈夫そうだよ」

「ん、わかった」


立ち上がろうとした二頭は、そこで決定的な変化に気づく。


レオンは四つ足で踏ん張っていた背骨が、軋む音を立てながら垂直に立ち上がる。

巨体を支える二足歩行の体幹となる。

しかし、その肩幅と胸板は人間の基準を遥かに超え、野生のライオンだった頃の圧倒的な質量を維持していた。

そう、格闘家のような姿に変貌していたのだった。


また、体毛が薄くなる変貌の中でも、頭部から背筋にかけての黄金の毛は、より濃く、より長く、風になびくほど鮮烈に輝いている。

獣の爪先だった部分は、五指を備えた頑丈な拳へと変化した。

指の付け根には分厚い皮膚のパッドが残り、骨を砕く握力を発揮する。そして手の甲からは本能に応じて出し入れが可能な、鉤爪状の巨大な爪が生えていた。

レオンは、この拳がただ殴るためではないと感じている。


「な、なんだこれは…!?」




タイガの全身を走る漆黒の縞模様は、獣人の皮膚になっても消えてなかった。

まるで流線型の戦闘服のように全身を覆っている。

その筋肉はレオンほど太くはないが、バネのように強靭で、一瞬の爆発的な加速に特化していた。

トラの肉球のようだった手のひらの感触が、人間のような掌に変わる。

しかし、皮膚の奥底では、全身に走る縞模様に沿って、この異世界の魔力を取り込んでいると感じる。

それは練り上げるための回路が構築されている。

タイガは意識せずとも、自分の身体の変化を悟った。


「兄ちゃん、この身体。僕の俊敏さと、思考の速さが、格段に上がっている。これが、この世界の力なのかな?」

「うーむ、わからんなぁ」



レオンとタイガは真っ暗闇の森の中で、自分の身体を動かして確かめることにした。

考えるよりも動くのが信条のレオン。

動くよりも考えるのが信条のタイガ。

その二頭、いや二人は各々で身体の変化を確かめるように動き回ったのだった。



「兄ちゃん、もういいかな?」

「あぁ、大丈夫だ。もう新しい身体にも慣れた。しかし、あれだけ動いたのに息切れひとつしなくなったな」

「そうだね。それよりも兄ちゃんに見て欲しいんだけどさ。ちょっと見ててよ」


タイガはレオンに言うと、徐々に周りの景色と同化し始める。

「お、おいっ、タイガ!えっ!?どこだっ?」

「大丈夫だから。見ててよ」


安心させるように声をかけるが、もうタイガの姿はレオンには見えなくなっていた。


トントン


「うぉ!」

「ごめんよ。僕だよ」

「タ、タイガ?なんだよな?足音が聞こえなかったんだが。それに匂いも……」

「うん、そうだろ。さっき試したんだけどね、これを使うと足音が聞こえなくなるみたいだよ。一旦、姿を現すね」


タイガが言うと姿が現れ、レオンは心底ホッとする。

「これがあれば得物を追跡するのにもいいよね。あと、こんなのも使えるよっと」


近くにいたウサギに向かって掌を向けると、漆黒の魔力でできた手が現れ、ウサギの動きを拘束してしまった。


「ほいっと。今日の晩飯だよー」

「べ、便利だな……」


ウサギを漆黒の影で出来た手でウサギを掴んでレオンの方へと差し出す。

レオンは考えても無理だと感じ、素直に晩飯のウサギを受け取ったのだった。


「さて、食べよっか。……、うーん。なんだろ?前は生肉が美味そうに感じてたんだけどなぁ。このまま齧り付くのも何だかなぁ~」

「タイガもか?俺もなんだよ」

「そうだよね。身体が変化したからかな?」

「焼いてみるか?」

「どうやってさぁ。火なんかないし、僕は火が恐いよぉ」

「取りあえず、木の枝を拾うか」


適当に木の枝を集め、その上に絞めたウサギを置く。


フレイム・クロー炎の鉤爪


レオンが発した言葉によりレオンの右手が炎に包まれる。

「に、兄ちゃん、手、手、手が燃えてるっ!」

「落ち着けって。この火をこうしてっと」


集めた木の枝に火が燃え移り、パチパチと燃え始めた。


「兄ちゃん、それって?」

「うん。わからん。さっき一人で動いてた時にな。なんだか力の使い方がわかるんだよ。タイガもそうじゃないのか?」

「そう、そうなんだよ。何故かわかるんだよ。気持ち悪いったらないよぉ」

「だよなぁ~。まぁ、あとで考えようぜ。ほら、焼けたみたいだぞ。さぁ、食べろ、食べろ」

「うん。あれ?僕の方が大きいよ。兄ちゃん、交換しようよ」

「バッカ、弟が多く食べればいいんだよ。食え、食え」

「うん、ありがとう」


ウサギ一匹を二人で分けても腹は満たされなかったが、それでも落ち着くことができた。



「ふぅ~、取りあえず今日は寝るか」

「そうだね。明日、また考えようよ」


いつもの様に寄り添い身体を横にする。

その時、二人の前にうっすらと光り輝いた女性が現れたのだった。

身構える二人だが、なぜか敵意を感じられなかった。



「可哀そうに。あなたたちも犠牲になったようですね……。禁忌にしたのに、間に合わなかったのですね」

「あ、あんたは?」

「あぁ、ゴメンなさい。それとこの世界に召喚されてしまったこともゴメンなさい。今から二人に説明しましょう」

「あぁ、頼む。ただ、俺はタイガと違って頭は良くないからな、わかりやすく説明してくれな」

「えぇ、わかりました」



二人の目の前には光を纏った女性。

傍らの焚火が爆ぜる音だけが静寂を破っていたのだった。

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