百獣の王と密林の覇者、異世界で獣人解放の旗を掲げる~誤召喚された俺たちが、奴隷以下の同胞を救って建国する話~

スフィーダ

第01話 兄弟

とある動物園の最深部、ひときわ頑強な鉄格子に囲まれた『猛獣混合展示エリア』がある。

そのエリアこそライオンの”レオン”とトラの”タイガ”二頭にとっての帝国であった。


日中のレオンは、太陽の光を浴びながら擬岩の一番高い場所で微睡まどろんでいた。

風にたなびく黄金のたてがみ。

丸太のように太い前脚。

彼がただそこに寝そべっているだけで、見物客からは溜息のような歓声が漏れる。

彼は『百獣の王』としての見せ方を理解していた。

しかし、その金色の瞳が細められるのは客へのサービスではない。

すぐ傍らで、しなやかな肢体を躍動させている弟分、タイガの姿を追う時だけだ。



一方、漆黒の縞模様を纏ったタイガは、檻の中を音もなく徘徊していた。

トラ特有の、肩甲骨が浮き上がるような独特の歩法。

彼はレオンとは対照的に、常に檻の外を観察していた。


「兄ちゃん、あいつら四角い板をかかげてるぜ」

「いつもの事じゃねえかよ。ほっとけ」

「僕、アレ嫌いなんだよ。たまにピカピカ光るじゃん。嫌いなんだよ」

「我慢しろよ。るっせーなぁ。眠いんだよ!」

「あいつら、僕が本気で跳べば、あの柵を越えて喉笛に届くって分かってない」

タイガの喉の奥で鳴る低い唸りは、彼自身の鋭い知性の裏返しだった。


「おい、やめとけよ。いいな!」

「チェッ」

舌打ちをひとつしてからレオンの邪魔をしないように離れることにした。



「ハァァァァ」

「兄ちゃん、いい加減その退屈そうなため息をやめなよ。僕まで気が滅入るよぉ」

「そうか、悪いな。いや、暇でなぁ」

「兄ちゃんも暇なんじゃないかぁ」



ここは、世界でも珍しいライオンとトラが一緒の檻で飼育されていた。

数年前、母親がタイガを産んだ後に育児放棄をしてしまったからである。

動物園としては徐々に衰弱していくタイガを見捨てる訳にもいかず、苦肉の策として同時期に出産した母ライオンに近づけてみた。


すると、母ライオンは子トラに乳をあたえるようにゴロンと横になってくれた。

子トラは別種の生き物である認識がない為に母ライオンの乳をむさぼるように飲むのだった。

園長もライオンの飼育員も安心して、ライオンに子トラを育てさせることにした。

そうして、世にも珍しいライオンとトラが一緒の檻に入っているのだった。


育児放棄された子トラのタイガをレオンの母ライオンが我が子として受け入れたあの日から、彼らは兄弟として育った。

レオンは弟を守るために力強く、豪快な肉弾戦の術を遊びの中で身につけていき、タイガは兄の剛腕を補うべく、緻密な観察力と俊敏な身のこなしを磨いた。


彼らの絆を支えていたのは、かつてこの檻にいたレオンの母だ。

種族の壁を超え、乳飲み子の頃からじゃれ合って育った二頭にとって、ライオンの剛力もトラの瞬発力も、互いを傷つけるためのものではなく、互いを高めるための『遊具』に過ぎなかった。


種族を超えた本物の家族なのだった。



「おい、タイガ。今日の肉は少し固いな」

「兄ちゃん、贅沢言うなよ。貰えるだけマシだよ。あっ、あの飼育員、また僕たちの機嫌を伺ってる。隙だらけだ」

「襲うなよ」

「わかってるってば」



言葉は交わさずとも、視線ひとつで意志を通じ合わせる二頭。

彼らは動物園で最も人気の最強コンビとして君臨していたが、その魂は、牙を振るう機会のない退屈な日常に少しずつ飽和し始めていた。


彼らは知っていた。

それは何か?

それは自分たちがこの檻の中で最強であり、同時にこの檻の中に守られている囚われの王であることを。

互いの体温を感じながら眠りにつく夜、二頭は本能の奥底で飢えていた。



その珍しい生育に人々はこぞって動物園を訪れ、多くの人達が檻の前でスマートフォンをかざして動画や写真をとっている。


見物人はライオンとトラが一緒にいるところがシャッターチャンスなのである。

近づけば一斉にフラッシュを焚いて撮影するのだった。


一応、フラッシュは禁止されているのだが、どこの世界にも注意書きを守らない者が多く、その明滅する光がライオンやトラの目に入り嫌がっている。



ある日のこと、二頭の動物の近くに赤い光点が現れた。その光点は右へ左へ、上へ下へと二頭の近くを動き続けている。

多分、心無い見学者がレーザーポインターでからかっているのだろう。


「兄ちゃん、兄ちゃん。アレ、なんだい?」

「んー?…………なんだこりゃ?」

赤い光点に前脚でチョイチョイと触ろうとするが一向に触ることが出来ない。

次第に二頭がイライラと前脚を忙しく動かすのだが掴むことも触ることもできない。


「クッソー、なんだコレ?なんだコレ?」

「えぇい、鬱陶しい!!イライラする!」

いくら頑張っても掴めない。

その赤い光点はスルスルと近くの木へと移動し、二頭もつられて木の下へとやってきた。

赤い光点は木を少しづつ少しづつ上へと上がっていく。つられて二頭も後ろ脚だけで立ち上がり光点を掴もうとする。

完全に二頭が立ち上がった時、薄暗い色調が突然不自然なほどに青白く、そして強烈に輝き始めた。


そして、二頭が立っている足元のコンクリートに、見たこともない複雑な模様。

無数の線と円が組み合わさった巨大な図形が地面を破って噴き出すかのように眩い光と共に現れた。


「タイガ!逃げろ!」

レオンは図形が描かれた床を避けようと飛び退いた。


「ダメだ、兄ちゃん!動けねぇ!」


青白い光は、まるで意思を持っているかのように、二頭の体を包み込み始める。

雷が落ちたかのような強烈な衝撃と、内側から体を押し広げられるような不快感が、レオンとタイガの全身を襲った。


「グルアアァァッ!」

「ガアァッ!」


レオンはタイガを押し出すように身体をぶつけるのだが、思うように動けない。

タイガも同様にレオンを助けようとするのだが、一向に身体の自由がきかなかった。


「クソがぁぁ」

「に、兄ちゃんだけでも逃げ……逃げてくれ」

「バ、バカヤロウ!」


二頭の檻は眩しいくらいに光り輝き、見物人達も目を背けるしかない。

その光は太陽を直接見たようで目が痛くて熱い。

異様な事態が起こったと動物園全体がパニックに包まれ、来園者たちは右往左往しながら出口を目指して走り出す。

園内放送でも落ち着いて避難を呼びかけるが、自分が逃げることに必死で誰も聞いていない。

レオンとタイガの飼育員は、二頭の檻に近づこうとするのだが、何か透明なものに阻まれて近づくこともできなかった。


必死に二頭へと大声で呼びかけるしかない。

いつもならタイガがうなり声を出しながら近づいてくるはずだったのに。



その頃レオンとタイガは光の中心で身体の激痛を耐えていた。

身体の内側から何かが溢れ出るような、また裂けるような痛みが絶え間なく襲って来る。

背骨がギシギシと音を立てているのがハッキリと解る。

手足もねじ切られるようだ。


痛みに必死に耐えながらも互いのことを気にするように身体を寄せ合っていく。

「タ、タイガ、だ、大丈夫……か?」

「う、うん。兄ちゃんこそ大丈夫?」

「いや、俺よりも……」

「……兄ちゃんの方が」


「「グアァァァァァァァ」」


一層、痛みは激しくなり気が遠くなっていく。

レオンはタイガを見るとすでに気を失ったようで、身体は倒れて弛緩しているようだった。


(ク、クソ、タイガ、タイガだけでも……)


光は最初に比べて明るくなり、真横で倒れているタイガの姿もうっすらとしか認識できなくなっていた。


(何だ、これは……!俺の身体が溶けていく!?)


レオンの意識は、視界を覆い尽くす白い閃光の中で途切れたのだった。とある動物園の最深部、ひときわ頑強な鉄格子に囲まれた『猛獣混合展示エリア』がある。

そのエリアこそライオンの”レオン”とトラの”タイガ”二頭にとっての帝国であった。


日中のレオンは、太陽の光を浴びながら擬岩の一番高い場所で微睡まどろんでいた。

風にたなびく黄金のたてがみ。

丸太のように太い前脚。

彼がただそこに寝そべっているだけで、見物客からは溜息のような歓声が漏れる。

彼は『百獣の王』としての見せ方を理解していた。

しかし、その金色の瞳が細められるのは客へのサービスではない。

すぐ傍らで、しなやかな肢体を躍動させている弟分、タイガの姿を追う時だけだ。



一方、漆黒の縞模様を纏ったタイガは、檻の中を音もなく徘徊していた。

トラ特有の、肩甲骨が浮き上がるような独特の歩法。

彼はレオンとは対照的に、常に檻の外を観察していた。


「兄ちゃん、あいつら四角い板をかかげてるぜ」

「いつもの事じゃねえかよ。ほっとけ」

「僕、アレ嫌いなんだよ。たまにピカピカ光るじゃん。嫌いなんだよ」

「我慢しろよ。るっせーなぁ。眠いんだよ!」

「あいつら、僕が本気で跳べば、あの柵を越えて喉笛に届くって分かってない」

タイガの喉の奥で鳴る低い唸りは、彼自身の鋭い知性の裏返しだった。


「おい、やめとけよ。いいな!」

「チェッ」

舌打ちをひとつしてからレオンの邪魔をしないように離れることにした。



「ハァァァァ」

「兄ちゃん、いい加減その退屈そうなため息をやめなよ。僕まで気が滅入るよぉ」

「そうか、悪いな。いや、暇でなぁ」

「兄ちゃんも暇なんじゃないかぁ」



ここは、世界でも珍しいライオンとトラが一緒の檻で飼育されていた。

数年前、母親がタイガを産んだ後に育児放棄をしてしまったからである。

動物園としては徐々に衰弱していくタイガを見捨てる訳にもいかず、苦肉の策として同時期に出産した母ライオンに近づけてみた。


すると、母ライオンは子トラに乳をあたえるようにゴロンと横になってくれた。

子トラは別種の生き物である認識がない為に母ライオンの乳をむさぼるように飲むのだった。

園長もライオンの飼育員も安心して、ライオンに子トラを育てさせることにした。

そうして、世にも珍しいライオンとトラが一緒の檻に入っているのだった。


育児放棄された子トラのタイガをレオンの母ライオンが我が子として受け入れたあの日から、彼らは兄弟として育った。

レオンは弟を守るために力強く、豪快な肉弾戦の術を遊びの中で身につけていき、タイガは兄の剛腕を補うべく、緻密な観察力と俊敏な身のこなしを磨いた。


彼らの絆を支えていたのは、かつてこの檻にいたレオンの母だ。

種族の壁を超え、乳飲み子の頃からじゃれ合って育った二頭にとって、ライオンの剛力もトラの瞬発力も、互いを傷つけるためのものではなく、互いを高めるための『遊具』に過ぎなかった。


種族を超えた本物の家族なのだった。



「おい、タイガ。今日の肉は少し固いな」

「兄ちゃん、贅沢言うなよ。貰えるだけマシだよ。あっ、あの飼育員、また僕たちの機嫌を伺ってる。隙だらけだ」

「襲うなよ」

「わかってるってば」



言葉は交わさずとも、視線ひとつで意志を通じ合わせる二頭。

彼らは動物園で最も人気の最強コンビとして君臨していたが、その魂は、牙を振るう機会のない退屈な日常に少しずつ飽和し始めていた。


彼らは知っていた。

それは何か?

それは自分たちがこの檻の中で最強であり、同時にこの檻の中に守られている囚われの王であることを。

互いの体温を感じながら眠りにつく夜、二頭は本能の奥底で飢えていた。



その珍しい生育に人々はこぞって動物園を訪れ、多くの人達が檻の前でスマートフォンをかざして動画や写真をとっている。


見物人はライオンとトラが一緒にいるところがシャッターチャンスなのである。

近づけば一斉にフラッシュを焚いて撮影するのだった。


一応、フラッシュは禁止されているのだが、どこの世界にも注意書きを守らない者が多く、その明滅する光がライオンやトラの目に入り嫌がっている。



ある日のこと、二頭の動物の近くに赤い光点が現れた。その光点は右へ左へ、上へ下へと二頭の近くを動き続けている。

多分、心無い見学者がレーザーポインターでからかっているのだろう。


「兄ちゃん、兄ちゃん。アレ、なんだい?」

「んー?…………なんだこりゃ?」

赤い光点に前脚でチョイチョイと触ろうとするが一向に触ることが出来ない。

次第に二頭がイライラと前脚を忙しく動かすのだが掴むことも触ることもできない。


「クッソー、なんだコレ?なんだコレ?」

「えぇい、鬱陶しい!!イライラする!」

いくら頑張っても掴めない。

その赤い光点はスルスルと近くの木へと移動し、二頭もつられて木の下へとやってきた。

赤い光点は木を少しづつ少しづつ上へと上がっていく。つられて二頭も後ろ脚だけで立ち上がり光点を掴もうとする。

完全に二頭が立ち上がった時、薄暗い色調が突然不自然なほどに青白く、そして強烈に輝き始めた。


そして、二頭が立っている足元のコンクリートに、見たこともない複雑な模様。

無数の線と円が組み合わさった巨大な図形が地面を破って噴き出すかのように眩い光と共に現れた。


「タイガ!逃げろ!」

レオンは図形が描かれた床を避けようと飛び退いた。


「ダメだ、兄ちゃん!動けねぇ!」


青白い光は、まるで意思を持っているかのように、二頭の体を包み込み始める。

雷が落ちたかのような強烈な衝撃と、内側から体を押し広げられるような不快感が、レオンとタイガの全身を襲った。


「グルアアァァッ!」

「ガアァッ!」


レオンはタイガを押し出すように身体をぶつけるのだが、思うように動けない。

タイガも同様にレオンを助けようとするのだが、一向に身体の自由がきかなかった。


「クソがぁぁ」

「に、兄ちゃんだけでも逃げ……逃げてくれ」

「バ、バカヤロウ!」


二頭の檻は眩しいくらいに光り輝き、見物人達も目を背けるしかない。

その光は太陽を直接見たようで目が痛くて熱い。

異様な事態が起こったと動物園全体がパニックに包まれ、来園者たちは右往左往しながら出口を目指して走り出す。

園内放送でも落ち着いて避難を呼びかけるが、自分が逃げることに必死で誰も聞いていない。

レオンとタイガの飼育員は、二頭の檻に近づこうとするのだが、何か透明なものに阻まれて近づくこともできなかった。


必死に二頭へと大声で呼びかけるしかない。

いつもならタイガがうなり声を出しながら近づいてくるはずだったのに。



その頃レオンとタイガは光の中心で身体の激痛を耐えていた。

身体の内側から何かが溢れ出るような、また裂けるような痛みが絶え間なく襲って来る。

背骨がギシギシと音を立てているのがハッキリと解る。

手足もねじ切られるようだ。


痛みに必死に耐えながらも互いのことを気にするように身体を寄せ合っていく。

「タ、タイガ、だ、大丈夫……か?」

「う、うん。兄ちゃんこそ大丈夫?」

「いや、俺よりも……」

「……兄ちゃんの方が」


「「グアァァァァァァァ」」


一層、痛みは激しくなり気が遠くなっていく。

レオンはタイガを見るとすでに気を失ったようで、身体は倒れて弛緩しているようだった。


(ク、クソ、タイガ、タイガだけでも……)


光は最初に比べて明るくなり、真横で倒れているタイガの姿もうっすらとしか認識できなくなっていた。


(何だ、これは……!俺の身体が溶けていく!?)


レオンの意識は、視界を覆い尽くす白い閃光の中で途切れたのだった。

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