第7話 終焉の探求

ユキトの語った、救いのない真実を聞いた後、若い看守イシザキの視線は、もはや恐怖だけではない。そこには、絶望的な希望が混ざっていた。

イシザキは、声の震えを抑えながらユキトに尋ねました。


「…あなたの罪の重さは理解しました。しかし、科学は、この千年の間、進歩し続けているはずです。あなたや、カタコンベに収容された数百万人の被害者たちを、『死なせる』ための研究は…されていないのですか?」


ユキトは、微動だにしない老いた顔で、イシザキを見つめました。彼の目は、千年にわたる苦痛の知識を宿していました。


「された。常に、だ」


終焉技術研究の歴史

ユキトは、わずかな力で、過去を掘り起こすように語り始めました。


「私が犯した罪は、科学のタブーを破ったことだ。それゆえ、私の処罰が始まった後、世界は『生命の恒久化』技術の倫理的限界に直面した。『終焉技術(Termination Technology)』の研究は、当初、最も重要な人道的使命とされた」


「研究は二つの柱で進められた。処置された細胞を、元の『死ねる』状態に戻す試みだ。しかし、私のウイルスは、細胞の再生機能そのものを、不可逆的な『静止状態』に固定した。数百万のサンプルを分析しても、その『静止状態』を解除するトリガーは見つからなかった。それは、処置前のバックアップデータが、すべて私によって消去されていたためだ」


「ならば物理的に、生命機能を停止させようという試みも行われた。細胞を完全に破壊するほどの超高熱、超音波、特殊な放射線、ありとあらゆる手法が試された」


ユキトは、かすかに笑ったように見えました。


「だが、私が受けた『禁固不死刑』の処置は、刑罰のために特別に強化された改良版だ。私の細胞は、破壊されると、周囲のエネルギーを取り込み、一瞬で元の状態に再固定される。それは、生命エネルギーの『ブラックボックス』だ。いくら破壊しても、その『箱』は開かない」


終わりの見えない研究

イシザキは、愕然としました。


「では、千年も経って…解決策は、一つも?」


「数十年前に、最も有力な理論が打ち立てられた」ユキトは言いました。


「それは、『全宇宙のエンタングルメントの崩壊』だ。私たちの細胞の『静止状態』は、量子的なレベルで固定されている。それを解除するには、この宇宙の基本法則であるエントロピー(不可逆性)を根本から覆す必要があった。つまり、全宇宙が一度死に、再び生まれ変わるほどの現象が必要だ、と」


イシザキは、頭を抱えたくなりました。それは、科学的な解決策ではなく、神話や哲学の話だ。


「それに加えて…」ユキトは、声を低くしました。


「数百年経つうちに、『死なせない』ことに、社会的な利益が生まれてしまった」


ユキトの語る事実は、さらに陰鬱なものでした。

ユキトが語ったように、彼の存在は「究極の罰」の象徴であった。彼を死なせれば、この社会の「正義」が揺ぐ。

カタコンベの数百万体の犠牲者たちは、初期の不死技術の永久的な研究サンプルとなり、彼らは医療技術や延命技術の進歩のための、倫理的に許容される生体実験材料として利用され続けたのです。

世代が変わり、カタコンベの収容者の身内もいなくなり、人々はユキトやカタコンベの存在を「永遠に存在する、不可避な事実」として受け入れました。「死なせる研究」は、莫大なコストをかけ続けるよりも、諦めるという道が選ばれたのです。

ユキトは静かに締めくくりました。


「イシザキ。私は、科学によって死を奪われたのではない。社会の倫理と研究の諦めによって、永遠に生かされ続けているのだ。ここには、救済はない。あるのは、永遠の管理だけだ」

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