第6話 永遠の犠牲者たち
ユキトの罪が明らかになった瞬間、独房の空気は冷え切った。イシザキは、ユキトが意図的に救済なき苦痛のパンデミックを引き起こしたという事実に、言葉を失った。
「…その、数百万人の被害者は…」イシザキは震える声で尋ねた。「彼らは、どうなったのですか? 彼らも、あなたと同じように…」
ユキトは、目を閉じ、長い息を吐き出した。その呼吸は、もはや老人の断末魔のようだ。
「彼らは、私よりも…酷い」
ユキトの仕込んだウイルスは、処置を受けた人々の細胞の再生能力を停止させ、その時点の肉体状態を永久に固定した。しかし、ユキト自身は、逮捕後すぐに人類最高の科学者たちが集結して作り上げた「禁固不死刑」専用の処置を施された。
「私は、この刑罰のため、意識だけは明晰に保たれるよう調整された。だが…彼らは違う」
ユキトは、自らが生み出した地獄の詳細を、淡々と語った。
老衰や不治の病の進行中にウイルスに感染した人々は、その苦痛と病状が永遠に固定された。彼らは、回復の見込みもなく、永遠に高熱、激痛、呼吸困難、麻痺といった症状に苛まれ続けた。
事故や災害で瀕死の状態だった人々は、破壊された肉体。全身火傷、内臓破裂、四肢欠損のまま、死ぬこともできず、意識だけが苦痛の中で固定された。彼らの身体は、技術的に破壊されても生命維持機能だけが働き続ける、グロテスクな生体標本となった。
そして、最も恐ろしいのは、永遠の正気喪失だった。何百年もの時間の中で、肉体の老化は避けられ、彼らの脳は摩耗し続けた。多くは、数百年以内に完全に自我を失い、ただ苦痛に反応して呻き続けるだけの『生きた肉塊』と化した。彼らの瞳には、もはや過去も未来も映らない。
「彼らは、人類の負の遺産として、特別施設に隔離された」
特別隔離施設「カタコンベ」
社会は、この数百万人の永遠の犠牲者たちを、特別隔離施設「カタコンベ」に収容した。
彼らは、ユキトがエテルニタスで受けているような「明晰な意識を保つための処置」は施されなかった。彼らに残されたのは、ユキトがシステムに仕込んだ永遠に続く苦痛だけだった。
「彼らの存在は、社会にとって最大のタブーとなった」
公的には、彼らは「事故による回復不能な植物人間」として、永遠の介護状態にあると発表された。しかし、彼らの「不死」の技術的ルーツを知る者たちは、彼らがユキトが生み出した永遠の拷問の犠牲者であることを知っている。
彼らは、この社会が不死技術の傲慢さと資本主義の貪欲さの代償として生み出した、数百万体の『生ける屍』だった。
「彼らこそが、私の真の罰なのだ」ユキトは囁いた。「私は、私自身の肉体に罰を受けている。だが、彼らは、私自身が設計した地獄の永久保存版なのだ。私が死ぬことを許されれば、彼らの存在の意味が揺らぐ。だから、私は永遠に、この地獄の責任者として、生き続けなければならない」
イシザキは、無意識に一歩後ずさり、壁に背中をつけた。
彼の目の前にいるのは、一人の老いた囚人ではない。地獄の創造主であり、そして、その地獄の永遠の管理人だった。
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