第4話 正義のための犠牲
ユキトの虚ろな眼差しが、若者の心を静かに圧迫した。
刑務所に収監されて、もう千二年が経っていた。
彼の身体は、衰弱し、呼吸するのもやっとだ。呼吸器系は機械的に動いているが、筋肉が弱りきっているため、声は微かな空気の振動でしかない。
若い看守—名はイシザキといった—は、エテルニタスに配属されてまだ二年だった。彼は、ユキトの監視記録を初めて見た時、吐き気を覚えた。「永遠の飢餓」と「永遠の孤独」の記録。そして今、目の前にいるのは、罰の形をした、動かない老人の塊だ。
イシザキは、支給された食事の残りをトレイに乗せ、無言で下げた。
「大塚ユキト」
イシザキは、公的な声で呼びかけた。
「あなたの罪は、すでに忘れられつつあります。資料室にも、詳細な記録は残されていません。あなたは、何を犯したのですか?」
ユキトは、天井を見つめたまま、ほとんど聞こえない声で答えた。
「人類の…希望を…奪った」
「希望?」
「…死ぬ自由…だ」
イシザキは息を呑んだ。しかし、彼はその答えを無視し、個人的な疑問を口にした。
「この刑罰は、本当に必要なのでしょうか。」
イシザキは、床に膝をつき、ユキトの顔に近づいた。
「私たちは、あなたを殺すことができません。しかし、あなたはすでに、肉体的に完全に無力です。再犯の可能性はゼロ。もう、誰にも危害を加えられません。なぜ、あなたを解放しない? なぜ、私たちの子孫まで、あなたを見張り続けなければならないのですか?」
彼は、看守の職務を放棄しかねないほど、激しい疑問を投げかけた。
ユキトは、初めてイシザキの方に、わずかに目を向けようと試みた。しかし、首の筋肉が衰弱しすぎていて、視線はわずかに動いただけだった。
「…イシザキ」
「はい」
「お前は…まだ若い」
ユキトの喉が、空気の塊を押し出すように言葉を絞り出した。
「お前は…時間が癒すと…思っているか? …罪も、罰も」
「少なくとも、千年も経てば…」
「違う」ユキトは、強い意志を込めて、かすれた声を続けた。
「この刑罰は…お前たちのためにあるのだ」
イシザキは戸惑った。
「…どういう意味ですか?」
「お前たちの社会は、不死の技術を…手に入れた。だが、その社会が…死の救済を認めぬほど、恐ろしい罪を…犯した人間が存在すると…証明する必要があった」
ユキトの目は、壁を通り越して、はるか遠い過去を見つめているようだった。
「私が、この寝たきりの身体で…永遠に生き続けること…それ自体が、抑止力だ。お前たちの、倫理の防波堤だ。私を解放すれば…お前たちの社会は…究極の罪が存在しないと…認めることになる。…そして、永遠の命を手にした人間が…何をしても罰せられない…地獄の門を開くことになる」
「私が死なないのは…技術的な問題ではない。私が生かされ続けるのは…お前たちの社会の存続に必要な…罰の、永遠の証拠だからだ」
ユキトは、言葉を終えると、深い疲労のためか、再び天井に視線を戻した。
イシザキは立ち上がることができなかった。彼の目の前にいるのは、ただの囚人ではない。彼が信じていた社会の正義の、最も醜悪で、最も必要な犠牲だった。
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