僕の神様

@aoshiba_i

第一話

戦争に行くと言ったらみんなが驚いた。親も友人も恋人も。そうして僕も。

口に出した瞬間自分で驚いて、驚いて、驚いた。律儀にきちんと、三回中三回。

どうして自分がこんなに驚いているのか、理由はいつも一つだけだった。僕がこのことを、神様に相談しなかったからだ。


僕の神様が、いつからそばにいたかは定かではない。

少なくとも物心がついた頃にはもうそこにいた。というか、僕の物心とやらが神様なのかもしれないし、全くそうではないのかもしれない。


同じように、僕が物心ついた頃にはすでに戦争があった。『国境付近の小競り合い』周りの大人達はいつもそうやって僕達に説明をしたけれど、毎年毎年数十人の死者を出していた。

今考えると不思議な話だ。毎年数十人が死んでいるのに、兄弟や友人、親を戦争で亡くした、と言っている人は僕の周りにはいなかった。生まれ育った場所が、土と煙に縁のないエリートばかりの地区だという訳でもないのに。


だから僕は自分が志願するまで、戦争に行く人たちは戦争のためだけに生まれて、そのためだけに死んでいく、という非現実的で、ぼんやりとしたイメージを持っていた。


非現実的でぼんやりしているもの、それこそ僕の神様に通じるものだった!

僕の神様について一度だけ、児童宿舎の狭苦しいベッドの中で、その夏限りの友人と話したことがあった。友人の名前はコリンといって、宿舎の施設長に襲われるぞ、と姉に脅されたせいで、僕のベッドの中に転がり込んできたのだった。


「その神様は人の形をしているの?」

「ううん、多分違うと思う」

「じゃあ、光みたいなものなの?」

「眩しくないから、多分違うと思う」


そう、と言うとコリンはすぐに寝てしまった。こういう時からアイスクリームを決める時まで、僕は神様に話しかけた。


「コリンをベッドから追い出すべき?」

「ミントとチョコ、どっちがいいかな?」

「あの女の子、声をかけてみようかな」

「住宅設計の分野を専攻するべき?」


神様の答え方は、いつもそれぞれ違っていた。友人を蹴り飛ばそうとした脚が動かなかったり、チョコ味が輝いて見えたり、女の子が強風に驚いて立ち止まったりした。

ほとんどの答えは注意していなければ見落としてしまうような、本当に些細なものだった。

けれど時には大げさな場合もあった。専攻の希望を提出する一週間前に、叔父は風呂場と脱衣所の寒暖差で死んだ。


そういった訳で僕は四六時中、神様に話しかけていた。くだらないことから人生を左右することまで。それなのに、戦争に行くことについては神様に相談しなかった。


だからこうなっているのかもしれない、と思う。僕は暗くて冷たい塹壕にいた。

実際に暗い訳ではないと思う。太陽は真上から、少しずれた場所にあるのが分かる。でもやたらと暖かいお腹を抱えながら、這っている僕の視界はすごく暗かった。


ふと僕は、神様がいたからここに来れたのかもしれない、と思った。

心強いから?一人じゃないから?死ぬ気がしないから?そんな風に思ったことは一度もなかった。アイスを選んでくれる神様を、どうしてそんな風に思えるだろう。


もしかしたら、僕は神様から逃げたかったのかもしれなかった。いつから?生まれた時から?叔父が死んだ時から?相談しなかった時に初めて?それも違うかもしれなかったでも、ひゅるるるると妙な音が聞こえた。神様が離れた音かもしれなかった。

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