不倫になる一歩手前の僕

エロティックなまじめ子

第1話不倫になる一歩手前の僕

仕事、家事、義両親への気遣いをする僕






子どもの将来

住宅ローン

老後の不安







正直に言う







僕は毎日

ちゃんと頑張っている。








それなのに、

妻からは「まだ?」





上司からは「もっとできるだろ」





義母からは「男なんだから」。






どこを向いても、






「足りない」「まだまだだな」「気が利かない」

自分でも笑ってしまうくらい








情けない男なんだなぁと

思う日もある








そんなある日、

心も体もすっかり擦り切れて

ただ現実から少しだけ逃げたくなった夜。







そこで、彼女に出会った。








「メンエス」という言葉すら知らなかった。

ただ、

「マッサージ」「癒し」「名古屋市丸の内」

そう検索しただけだった







初めて見る店名。








半信半疑のまま案内されたのは、

雑居ビルではなく、

静かなマンションの一室。







扉の前でインターホンを鳴らすと、

すぐにドアが開いた。







「初めまして~、ありがとうございます。どうぞ~」

柔らかく、少し気の抜けた声。








それだけで、

張りつめていた神経がほどけるのを感じた。

そこは受付もなく

完全に“部屋”だった。








気づけば僕は

吸い寄せられるように中へ入っていた。








施術は、驚くほど普通だった。







派手なことは何もない。








ただ、ゆっくりと、

凝り固まった体を解かれていく。








そして彼女は、

僕の話を聞いてくれた。

愚痴とも言えない、

取り留めのない言葉を、

遮らず、否定せず。



「無理、しすぎですよ」

その一言が、

こんなにも胸に染みるなんて思わなかった。







施術の途中

彼女の指先がふと、

僕の乳首の先端に触れた。








ほんの一瞬。

ただそれだけなのに、

身体の奥で、

忘れていた感覚が静かに目を覚ます。








家庭では、

触れることに理由が必要になっていた。









疲れているから。

明日が早いから。

触れない理由だけが、

いつの間にか、増えていった。








彼女の前では、理由なんていらなかった。

呼吸が近く、声は柔らかく沈黙すら心地いい。







もちろん、

これは褒められた関係じゃない。

彼女はきっと、

女性の立場なら僕を叱るかもしれない。

「ズルい」「卑怯」「最低」って。






それでも…

それでも僕は、

この関係がこっそり続けばいいと願ってしまう。







家庭を壊す勇気も、

すべてを捨てる覚悟もない。








ただ、

誰にも怒られず、

誰にも期待されず、

一瞬だけ「男」でいられる場所が欲しいだけなんだ。







滑稽で、

弱くて、

どうしようもない男の願いだと分かっている。

それでも、

もしこれが男のロマンだと言うのなら、

ここは、あまりにも都合のいい、

最高の場所だ。







施術は静かに終わり、

彼女は一瞬だけ視線を合わせた。


彼女の瞳は、柔らかくて、

熱を含んでいた。

微笑みながら、彼女は言った。

「……また会いたい」







僕の胸の奥が、

小さく音を立てた。

ドキドキしながら、

僕も答えた。

「僕も、会いたい」

次回の予約は、

ごく自然な流れで済ませた。







今日も僕は、

何事もなかった顔で家に帰り、

明日の生活のために眠る。

そして心のどこかで、

彼女とのこの曖昧な関係が

静かに、このまま続くことを――

こっそり願っている。

それが、

いつか“不倫”と呼ばれる関係になったとしても、

今の僕には、

その一歩を否定する自信がなかった。

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