第3話 あなたなら、どう計算する?

恋の方程式は、答えが一つとは限らない。


私は昨日の観測ログを、何度も見返していた。

綾音の視線、声、距離、沈黙。


数値はある。

なのに、解が定まらない。


「……おかしいな」


私はノートの余白に、同じ式を三通り書いた。


仮定A


X=0

Y=0

Z=1

V=0

W=0

H=0


恋愛指数=1

→ 無関心寄り




仮定B


X=1

Y=1

Z=1

V=1

W=0

H=1


恋愛指数=5

→ 興味あり




仮定C


X=1

Y=0

Z=2

V=1

W=1

H=1


恋愛指数=6

→ 興味あり(上限)



どれも、間違いとは言い切れない。

観測の解釈次第で、数値は簡単に変わる。


——つまり。


この恋は、

見る人によって答えが変わる。


その日、放課後。


私は意図的に、綾音と距離を取った。

近づけば数値が上がるのは分かっている。

でも、それは「操作」だ。


知りたいのは、

彼女が何もしなくても示す値。


綾音は、私の視線に気づくと一瞬だけこちらを見る。


Y=1?


でも、すぐに逸らす。


Y=0?


判断が揺れる。


笑顔はない。

けれど、眉が少し下がっている。


それは無表情?

それとも、意識している証拠?


X=0か、1か。


あなたなら、どちらを選ぶ?


私は、選べなかった。


その代わり、条件を変える。


「綾音」


名前を呼ぶ。


彼女は少し遅れて振り向いた。


「なに?」


声は平坦。

けれど、冷たくはない。


V=0?

それとも、抑えているだけで1?


「今日、帰り一緒?」


一瞬の沈黙。


この間。


——ここが、謎だ。


「……いいよ」


小さく頷く。


距離は、並ぶことで縮まる。


Z=2。


でも、歩く間、彼女は私を見ない。


Y=0。


無言の時間が続く。


あなたなら、この沈黙をどう計算する?


・気まずさ → 好意低

・安心 → 好意高

・緊張 → 好意あり


私は後者だと仮定した。


けれど、それは希望的観測かもしれない。


信号待ちで、綾音がふいに言った。


「智鶴ってさ……」


私を見る。

今回は、逸らさない。


Y=2。


「なんでも、ちゃんと考えてるよね」


微笑みは、ほんの一瞬。


X=1。


「……たまに、怖いけど」


冗談めかした声。


V=1。


怖い。

それは、拒絶?

それとも、距離が近いからこその感想?


Wは、彼女が自分の袖を握った仕草。


W=1?


Hは——


「でも」


彼女は言いかけて、口を閉じた。


言わなかった言葉。

隠した感情。


H=1?


私は、あえて計算しない。


ここで答えを出したら、

この恋は固定されてしまう気がした。


家の前で、綾音は立ち止まった。


「じゃ、また明日」


手を振る。


X=1

W=1


距離は、また離れる。


Z=0。


恋愛指数は——

あなたの計算に、委ねる。


私はただ、一つだけ確信した。


この恋は、

まだ解ける段階じゃない。


でも。


未知数が多いほど、

解けたときの答えは美しい。


私はノートを閉じた。


次は、答え合わせの時間だ。


——智鶴と、あなたの。

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