百合恋の方程式〜今日もあの子の心を解き明かす〜

白雪 愛琉

第1話 恋の基本方程式

この世界の恋には、ルールがある——

少なくとも、私の中では。


私は智鶴。

数学と心理戦が得意で、人の感情を「感覚」じゃなく「数式」で捉える癖がある。


恋も同じだ。


感情は曖昧で、不確定で、気まぐれだと言う人もいるけれど。

観測できる要素を分解すれば、ちゃんとした“答え”に近づける。


私は今日も、頭の中で方程式を展開する。


恋の基本方程式


X=笑顔

0:無表情/1:微笑む/2:満面の笑顔


Y=目線

0:全く見ない/1:チラ見/2:じっと見つめる


Z=距離

0:遠い/1:普通/2:近い


好意度 = X+Y+Z


0〜2 → 無関心

3〜4 → 興味あり

5〜6 → 好意MAX


そして、私が今観測している対象。

——綾音。


窓際の席に座る彼女は、今日も柔らかい光に包まれている。

肩までの髪が少し揺れて、ノートに向かう横顔がやけに綺麗だった。


……冷静に、智鶴。

まずは観測。


私はさりげなく視線を向ける。


その瞬間、綾音が顔を上げた。


目が合う。


一秒。

二秒。


すぐには逸らさない。

でも、じっと見つめるほどでもない。


Y=1。チラ見。


彼女は小さく、ふっと口元を緩めた。


満面、ではない。

けれど、確かに柔らかい笑み。


X=1。微笑み。


距離は……斜め前の席。

近すぎず、遠すぎない。


Z=1。


頭の中で即座に計算する。


X(1)+Y(1)+Z(1)=3。


——好意度「興味あり」。


……予想通り。


悪くない。

でも、決定打にはならない数字。


私はペンを回しながら、あくまで平静を装う。


すると、綾音が小さな声で話しかけてきた。


「ねえ智鶴、その問題、もう解けた?」


声のトーンは、少し高め。

柔らかくて、親しみがある。


V=1。


私は彼女にノートを差し出す。

彼女が身を乗り出して覗き込む。


距離が、一段階近づく。


Z=2に更新。


身振りは控えめ。

手元を指でなぞる程度。


W=1……いや、0.5にしたいところだけど、ここは保守的に0。


秘密行動は、まだ無し。


H=0。


再計算。


X(1)+Y(1)+Z(2)+V(1)+W(0)+H(0)=5。


……いや。


さっきの微笑みは、会話中にも続いていた。

ほんの一瞬、目が合ったまま逸らさなかった。


Yを1→2に補正。


最終。


1+2+2+1+0+0=6。


恋愛指数、6。


応用式ではまだ分類外。

でも、確実に「興味あり」の上限。


私は内心、小さく息を吐いた。


(まだ、ここまで)


告白ラインには遠い。

でも、ゼロじゃない。


綾音はノートを見終わると、「ありがとう」と言って微笑んだ。

さっきより、ほんの少しだけ距離が近い。


「智鶴って、ほんと頭いいよね」


その言葉に、胸が一瞬だけ跳ねる。


……いけない。


感情に引きずられると、計算が狂う。


恋は戦略。

焦った方が負ける。


私は軽く肩をすくめた。


「普通だよ。ただ、考えるのが好きなだけ」


綾音は不満そうに唇を尖らせて、くすっと笑った。


X=1、維持。


数字は変わらない。

でも——


確実に、関数は動き始めている。


恋の方程式は、一度解いて終わりじゃない。

観測と修正を繰り返して、少しずつ精度を上げていくもの。


私はペンを止め、心の中で静かに宣言する。


——次は、7を目指す。


これを解きながら、

私は今日も、あの子の心を探る。

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