中古車

　親が中古車を買った。古めだがそれなりにきれいで、お買い得だったという。親はあまり電子機器の扱いが得意ではなかったため、中古車に搭載されていたカーナビの初期設定を任された。

　しかし、古いこともありカーナビの説明書がないので、手探りで操作方法を見つけるしかない。初期設定画面の操作くらいなら何とかできるだろうと場当たり的に挑戦した。すると、カーナビ起動直後に、良く知らない場所への誘導が始まってしまった。

　『50メートル先を左に曲がります』と言われても、どこに向かおうとしているのか全くわからないのだが。

「ねえ、カーナビ壊れてるの？」

「わかんない。……だめだったら販売店に相談しよう」

「うん」

　色々設定をチェックしていくうちに原因はすぐに分かった。謎の道案内は、カーナビの故障ではなかったのだ。

　この中古車のカーナビには、前の持ち主の住所が残っていて、起動した直後、その場所に案内しようとしてきたのだった。

「げ」

　私はタッチパネルを前に固まった。前の持ち主が残していた情報は住所だけではなかったから。『職場』『スーパー』『ゴルフ場』など、パーソナルな情報がびっちり登録されていたのだった。前所有者は変に几帳面な性格だったのか、それぞれの場所の住所だけでなく電話番号まで記録されていた。

「うーわ、☓☓郡じゃん。あのへん通ったことあるわ……」

　さらに悪かったのは、登録されていた住所が同じ県内だったこともあり、微妙に土地勘があったことだった。

　だから、どのあたりに住んでいるひとだったのか、よく行く場所は何処なのか、具体的にイメージできてしまう。性別はどちらなのか、だいたいの年代などまで類推できてしまった。

　私としてはただカーナビ初期化の方法がわかればいいだけなのに、会ったことのない人の情報がどんどん手に入ってしまう。

　最悪だったのは、『自宅』の情報に、前所有者の電話番号や名前らしき部分まできっちり入ってしまっていたことであった。

　前所有者が存命かそうでないかは知らないが、さすがに名前を知ってはいけない気がした。名前が表示された部分を指で遮りながら削除ボタンを探し出して押した。消去しますか？　の画面が表示され、『はい』／『いいえ』の選択肢が現れる。

「あー……、初期化ボタン見つかんないから、手動で、前の持ち主の人の住所とか履歴とか全部消しとくよ？　いいよね？」

「ああうん。よろしく」

　私はしばらくタッチパネルをポチポチ押して、前所有者の情報をひとつずつ隅から隅まで削除していった。そうして、カーナビからきれいさっぱり情報を消せたと思ったとき、私はカーナビのメニュー画面の隅っこにある項目を見つけた。

「『連絡先』……カーナビにそこまでたくさん情報いれることなんて……まさかないよね」

「うん、ないんじゃない」

　念のため、連絡先の項目をポチッとタップした瞬間、目を細めるしかなかった。

　知らない人の人間関係が記録された情報がぶわっと出てきたのだった。本名、住所、電話番号、会社名。▼ボタンを押すたびに出てくる情報の羅列を見て頭が痛くなった。

「……あーあーもう勘弁してよ」

　……連絡先全削除の項目探し出すまで、ひとつずつポチポチ消していってたんですが、めちゃくちゃ面倒くさかったですよほんとに。よかったですね、私が極悪人じゃなくて。

　＊

　今どき、Googleマップで建物の外観も行き先も勤め先もわかってしまうので、古い情報とは言え個人情報は怖いな〜と思いました。

　人によっては長年住み続けていたり、子ども世代が住んでいたり、はたまた同じ電話番号を使い続けている人や会社だって珍しくはないでしょうし……。

　ところで、佐藤さんって人のことご存知でしょうか？

　いえ、何でもないです。覚えてないですよ。何にも。