レギオン/グリムリーパー

亜未田久志

第1話 央真縁


 思いっきり跳ねられた。トラックで。

 俺は数十メートルをかっ跳び、近くの雑木林に突っ込んだ。俺は、というか俺の死体は、だが、どうやら即死だったらしい。


「いっっっっっっってぇぇぇっぇぇっぇぇぇぇぇっぇ!?」

「おっ元気そうだな」


 女の子がそこに居た。白装束にデカい……刀?を腰に差した小柄な少女だ。


「元気なわけあるか! あるわけ……あれ?」

「単調直入に言おう。貴様は死んだ」

「……だろうな」

「私が殺した」

「はぁ!?」

死神グリムリーパーは人手不足でね。猫の手も借りたかったのさ」

「だからってお前……はぁ!?」


 こいつはどうやら仕事仲間募集のために俺を跳ねたらしい。頭がおかしい。


「さて、どこから説明を聴きたい?」

「どこからって……なんで俺なんだよ!」

「この世に未練が無さそうだったから。そういうのを回収しとくのもグリムリーパーの役目だ」

「……」


 言い返せない。確かに俺はもうこの世に未練が無かった。何故かは思い出したくもなかった。


「なんでそんなこと知ってる」

「死が付いてても神様なんでね」

「さよで」

「さて次に貴様の仕事についてだが……」

「貴様じゃない」

「うん?」

央真縁おうまえにしだ。なんでも知ってるなら名前で呼んでくれ」

「わかった。エニシの仕事は悪霊レギオンの討伐・浄化だ」

「レギオン?」


 聞いたことがあるような。聖書だっただろうか。


「そう彼もしくは彼女たちは死後、レギオンとなり現世へと悪影響をもたらす。それを未然に防ぐのが我らグリムリーパーの仕事だ」

「……それって化物みたいなのだったり」

「するぞ」


 ですよねー……。先行きが思いやられる。


「俺、戦うなんて」

「ほれ」

「うおっ!?」


 それはデカい刀だった。真紅の刀身が目立つ。


緋刀ひとうばんというエニシ専用の刀だ」

「俺、専用……」

「さてと、エニシに拒否権は無いわけだけど、一応聞いておく。戦うか、このまま成仏するか」


 この世に未練はない。それは嘘じゃない。でも幽霊の今は? やらなきゃいけないことがあるのなら、それはやるべきことだ。そう生前の俺が告げている。

 俺は蛮を握る。真紅の刀身がより赤く輝いた気がした。


「まず早速、お前に狩ってもらいたいレギオンがいる」

「どんなやつだ?」

「人間名『東雲いろは』レギオン個体名『マゼンタ』最近レギオンになったばかりだというのにもう五人近くのグリムリーパーがやられてる」

「えっ、それを俺が!?」

「ああ。お前にしか出来ない」


 すると有名なJ-POPのヒットソングが鳴り響く。


「着信だ。お出ましだぞ」

「もう!? 心の準備とか!?」

「そんなものっ! ない!!」


 少女は俺の手を引っ掴むと思い切り跳躍する。地面が遠ざかっていく。遥か高い空の彼方、そこに俺たちはいた。もう現実とか、どうでもよくなっていた。


「そういやあんたの名前は?」

「グレーテルだ」

「ふぅん。お菓子の家には気を付けろよ」

「魔女ごと叩き斬ってやるさ。辛党なんでね」


 勇ましいことだ。よほどの修羅場を潜り抜けて来たのだろう。そう思った。しばらく空を滑空すること数時間。辺りはすっかり夕景に染まっていた。ほどなくして路地裏に降りる。


「見ろ、人を襲っている」

「え?」


 そこにいたのは巨躯の獣。「東雲いろは」などという可愛らしい名前が似合わない四足獣。体毛は無く、代わりに鱗で覆われていた。


「あれが人だった? あんなものが人間だったっていうのか?」

「ああそしてよく見ろ」


 巨躯の影、怯える男性が一人、腰を抜かしてへたり込んでいた。


「たすっ、たすけ」

『ギャハハハハ! ギャハハハハ!』


 まずい状況だ。しかし迂闊に手を出せばどうなるか。レギオンに人としての意志はあるのだろうか? なんとか説得を。


「状況判断が出来ているのは良いことだが、こちらの説明不足があったな。レギオンはそうなった時点で個としての意識を失い群体の一部となる。意識は総体に飲まれ、個人の意志はそのうち消滅する」

「だったら」


――だったら。


「どっちも救わねぇとなぁ!」


 襲われてる人も、レギオンも、どっちも救う。俺は緋刀・蛮を構える。その気配をようやく察知したのか、四足獣もこちらを向く。ニヤリ、と異形が笑った気がした。


「刀の使い方は刀が教えてくれる。一寸の刻、目を閉じろ、そして、斬れ!」


 グレーテルの言う通りにする。目を閉じる。流れ込んでくる情報と情動、これがこの刀の使い方、それが分かれば後はすることは一つだ。目を開ける。目の前にレギオンの顎と牙と爪が迫っていた。不思議と恐怖はない。あるのは一つ、無理矢理与えられた使命だけ。

 そんなんでいいのか? いいんじゃないか。無意味な人生だったけど。死後だとしても、今に意味があるのなら。


 トンッ……と一足前に出る。刹那/抜刀、刀を振るう。切れ味はあってないようなものだった。

 真正面から真っ二つに裂けたレギオンは断末魔を上げる暇もなく煙と化す。


「お見事!」


 しかしレギオンの死体は残らず(死んでるから当たり前か?)そこに残ったのは……。


「女の子……?」


 もちろん聞いていた。レギオンの元になったのは東雲いろはという人間だと、しかし。


「なんか変じゃないか? 手足とか、デカいっていうか」

「亜霊(デミ・レギオン)状態という。あれを解除する方法は一つしかない」

「方法って?」


 何故だろう。嫌な予感がした。


「青春だよ。若人わこうど

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レギオン/グリムリーパー 亜未田久志 @NAMELESS_CARNIVAL

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