異世界の神はインモラル
崖っぷちのアリス
プロローグ
神聖国ベルマーノ。
王国騎士団長のダレル・バートンは
自身の執務室にてその報告を受けた。
「国境付近、西の森にて『鬼』が出現したとの報告が。ですが…」
報告をする部下が言い淀む。
「…?どうした?」
先を促すようにダレルが聞けば
部下は自分で持ってきたにも関わらず
その情報を疑うように話しを続けた。
「今回の情報提供者は行商人なのですが、彼曰く『鬼に襲われたところを助けてくれた人がいる。その人は単身で鬼と渡り合い自分を逃がしてくれた。しかも、逃げるよう促したその声は、女のものであった』と…」
「………」
ダレルは絶句した。
部下が言い淀むのも納得の内容だ。
「…それは、間違いないのか?とてもにわかには信じられないな」
「はい。私もそう思いますが、鬼の出現については嘘ではないようです」
「うーん」
思わず唸った。
この国では数十年前から「鬼」と呼ばれる
化物が現れるようになった。
半年〜1年に1度というスパンで現れるのだが
とにかく強い。
鬼1体につき、手練れの騎士であっても
3人は必要になるほど手を焼く相手であった。
それを…人を庇いながら渡り合う。
しかも女が…1人で?
あり得ないと
前回の出現時期を考えると、部下の言う通り
鬼の出現はあったのだろう。
「分かった。急ぎ討伐隊を編制し、現場へ向かう」
副団長のコリンに国王への報告と留守を頼むと
討伐隊と共に目撃情報のあった森へと
足を踏み入れた。
「そろそろのはずだが…」
森に入ってしばらく、情報にあった現場に
近付いた時だった。
付近の茂みがガサガサと音を立てた。
「来たか!?」
一斉に抜剣し、臨戦態勢に入る。
しかし、飛び出てきたのは鬼ではなく3匹の狼。
「狼?…いや、しかし…」
サイズがおかしい。明らかに大きいのだ。
馬ほどではないが、人が乗れる程度には大きい。
しかも、ここが彼らの縄張りだったらしく
構える我々に向かって牙を向き威嚇している。
魔獣ではなさそうだが、これは…
「嘘だろ!?こんなのいたか?」
「今まで見たことも聞いたこともないぞ!?」
部下たちが動揺していた。俺も内心焦っていた。
だがどういうわけか、狼達は威嚇するばかりで
攻撃の意思が感じられない。
膠着状態が続いた。
どれくらい睨み合っただろう。
狼達の背後から、落ち葉や枝を
踏み締める音が聞こえた。
今度こそお出ましか?と構えた矢先…
「やめなさい」
森の中から、不思議な声が響いた。
無垢な少年のような、艶っぽい女性のような
なんとも形容し難いものだった。
ゆったりと歩を進め、我々の前まで来たその人物は
外套のフードを目深に被り
更に仮面で顔の上半分を隠していた。
人ではないーーー。
直感でそう思った。
もう長いこと魔獣や鬼と対峙し
人ならざる者の感覚を、嫌という程感じてきた。
だから分かる。
見た目や声こそ普通の人間だが
今までに感じたことのない、圧倒的な存在感と
絶対に敵わないであろう、己の無力感。
それこそ、神を前にしているかのような
心持ちにさせられた。
その者の出現により、狼達は警戒を解き
その者にすり寄ったり
しかし、我々は警戒を緩めることはできなかった。
ひとしきり狼達と戯れた後、こちらに向き直り
ゆったりとした口調で問いかけてきた。
「さて、王国騎士団とお見受けしますが、彼らの縄張りにはいかなご用向きで?」
感情の読めないその声色に
少し緊張しつつも、ここに出向いた目的を伝えた。
「なるほど…鬼ですか。それなら……チッ!なんでこっち来るかなぁ」
俺の話を聞き、何か言いかけたが
舌打ちをし、急に苛立った様子を見せた。
それと同時に、それまでゆったりと
狼達が、我々のいるところとは別の方向に
威嚇を始めた。
目の前の者達に気を取られ過ぎていた。
己の未熟さを恥じつつ
意識を彼らの威嚇の先に向けてみる。
すると何かが近付いてくる気配があった。
魔獣か?かなり大型だな。
俺達もそちらに構え直した。
程なくして、バキバキと森を踏み荒らす音が
近付き、咆哮と共に現れたのは
特大サイズの熊型の魔獣だった。
魔獣が姿を見せると同時に、狼達が飛びかかった。
3匹掛かりの鬼気迫る勢いに
迂闊に手が出せなくなった。
どうしたものかと攻めあぐねていると
仮面の者が魔獣に向かって走り出した。
恐ろしいスピードで森を駆け抜け
狼達と交戦中の魔獣の背後に回り込んだ。
そして尋常ならざる跳躍力で、森の木々を足場にし
見上げるほど巨大な魔獣の頭上まで飛び上がった。
外套の下に隠し持っていたようで
いつの間に抜いたか、手には剣が握られていた。
主の意図を察した狼達がサッと身を引く。
上段に構えたその剣を、落下の勢いと共に
魔獣の首に振り下ろす。
ズバアァン!!
一閃。
一太刀で終わった。
あの巨体の首を一太刀で…
いや、それよりあの者が手にしているあの剣は…
呆気に取られ、動けなくなっていると
その者は「ふぅ…」と息を吐き
何事もなかったかのように話しだした。
「ごめんなさい、話が途中になってしまって。鬼だったわね。それなら…」
話し口調を聞く限り、どうやら女性のようだ。
あの報告にあったのはこの者だろうか。
彼女の話を聞き、それまで自分達も知らなかった
鬼の情報が出てきたが
正直この人物も得体が知れない。
どこまで信用できるか分かったものではなかった。
それに…先程見た彼女の剣は
鬼が持っているものと同じ物のように見えた。
しかし話の最後に
「ーーーだから、私はこの国に入る時、自分の容姿を隠すことにしたのよ」
そう言って外したフードと仮面の下を見て
我々は驚愕に目を見開くことになったのだった。
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