氷菓子を、あなたと。
音多まご
氷菓子を、あなたと
いつからか、わたしにとってアイスは永遠の象徴となっていた。
テストでいい結果を残せれば、それがずっと続くようにと願って食べた。いまの自分を永遠のものとするために。傍から見れば馬鹿らしいのだろうけど、わたしはその信条をかかげ続けている。
だけど、ふと思ったんだ。これまでは自分へ向けてアイスを食べていたけど、この行為は、自分以外の人間──
◇
「おじゃましまっする〜。……ってうわ、部屋キレイすぎぃ」
「ふふ、それはどうも。冷房つけますね」
「あんがと、こはるん」
汗で張りついた制服のブラウスを身にまとった
先輩はいわゆるおっとり系のギャルというやつで、すこし短いモカ色の髪をサイドテールにして毛先をくるんと巻いているのがいつもの姿だ。ネイルもけっこう派手にやっているけど、成績がいいからかお咎めはない。
わたしは
「そんじゃ、さっそく作っちゃう?」
「いえ、その前に麦茶でも淹れてきます」
「おけおけ。手伝おっかぁ?」
「先輩は気にせずにくつろいでてください」
わたしと先輩は手芸部に所属していて、夏休みの間でひとつ小物を作ることになっている。先日、わたしがかごバッグを編むつもりと言ったら、まだ決めかねている先輩に「編み物わかんないけど興味あるから教えて」と頼まれたのだ。
それに二つ返事でオーケーして、今日はちょうど短縮授業で帰宅が早かったから先輩を家に招き入れた、という経緯がある。実は、ほかの目的もあったりするんだけど。
「はい、麦茶です。氷マシマシの」
「まじさいこー、こはるん愛してるぅ。ぎゅっ」
「……相変わらずですね、先輩も」
机にコップを置いた直後、先輩にふわっと抱きしめられた。汗と日焼け止めと制汗剤が混じった、夏らしい匂いが鼻腔をくすぐる。落ち着くと同時にへんな気を起こしそうになって、名残惜しくもわたしは彼女から離れた。
大好きな先輩の匂いが自分の部屋の慣れた匂いに変わって、ため息が出そうになるのを堪える。境界線はどこなんだろう、とか、ばかなことを考えてしまう。
「んもぉ、こはるんは照れ屋さんだねぇ」
「ちがいますから。はあ……男子にはやっちゃだめですよ?」
先輩は「わかってるって〜」と気の抜ける笑みを浮かべて、クッションにどかんと腰を下ろした。
実際、異性に対してのガードはガチガチに固い人だから、この言葉は信じていいだろう。逆に言えば女子にはべたべたくっつくタイプなので、もやっとすることは多い。わたしで満足すればいいものを。
引き出しからバッグの材料をひと通り取り出して、先輩のとなりに座る。向かい合った方がスペースはとれるけど、教えづらそうだと思ったので、仕方なくも先輩の左側にしたのだ。肩が触れあって落ち着かない。
「じゃあ、始めましょうか」
「こはるん先生の編み物教室、はじまりはじまり〜」
「ふふ、いまだけは先生です。なんでも訊いてくださいね?」
人に教えるのは初めてだからか、自分でも張り切っているのがわかった。から回って恥ずかしいところを見せるのだけはなんとしててでも避けたいところだ。
気持ちを切り替えるためにも、こほん、と小さく咳払いをした。
「今回使う糸は、エコアンダリヤです」
「え、コア……は? なんつった?」
目をぱちくりさせてわたしを見る先輩。いや、確かにわたしも最初はちょっと変な名前だと思ったけど。
「エコアンダリヤ。麻ひもみたいなものです」
「ほぇ〜。エコなんだぁ、あたし気に入ったわ」
「や、エコかどうかはよく知りませんけど……とにかく、これを編んでいくんです。夏っぽい質感でしょ?」
玉を先輩に手渡す。きらきらのラメが散りばめられたきれいな指先が、糸に触れた。撫でるようなやさしい手つきで表面がなぞられていく。ちらりとその表情を覗いてみると、大きな目が見開かれていて、子どもみたいだな、と思った。
「で、かぎ針を使います」
「……棒は? あれかっこいいじゃんね」
「棒針編みは、バッグ作るのには向いてないので。いつかそっちも教えますよ」
「えへへ、たのしみぃ」
そう言って、わたしに上半身をゆさ、ゆさ、とぶつけてきた。別に痛くはないけど、少し恥ずかしい。誰に見られているわけでもないというのに、変に意識してしまう自分がいた。束ねられた先輩の髪がわたしの頬をかすめて、くすぐったい。
気づけば彼女の動きは止まっていて、糸玉をわたしに返した。
「これからどうするん?」
「じゃあ、そろそろ編みはじめますかね」
「やったぁ。しっかり教えてね、こはるん?」
絶妙に下手なウインクを決めてくる彼女に、かわいい、とか口に出しそうになるのを堪えた。まあ、出したところでこの人は嬉しそうな笑みを浮かべて、わたしをからかうだけなんだろうけど。
なんだか煩悩ばかりが湧いてきて困ってしまう。とりあえずいまは、編み物に集中だ。
「──ふう。手元、よく見ててくださいね?」
◇
だらだらと雑談しながら編み進めて、だいたい2時間と少し。底の部分ができ上がったところで、今日のところはこのくらいにしようという流れになった。
外はまだ明るいので、当然このまま先輩を帰らせるなんてことはしない。
「ね〜ね〜こはるん、ゲームしよ」
先輩のほうも、帰る気はないらしい。好都合だ。
「もちろん。そうだ、最近新しいソフトを買ったんですよ」
「いいねぇ、それやろ!」
「でも、その前に……アイス、食べませんか?」
わたしの突然の提案に、先輩はきょとん顔で「あいす?」と繰り返す。
「……あ。そういえばこはるん、アイス好きっていってたね」
「はい。わたし厳選のおいしいやつ、ごちそうしてあげます」
「それはたのしみだぁ〜……」と言いながら、伸びきった腕を前に出して机につっ伏す先輩。
まるで触ってくださいと言わんばかりに無防備なうなじが目に入って、唾をごくりと呑み込んだ。ずっと見ていたら頭がおかしくなりそうだ。
「そ、それじゃあ、冷凍庫から取ってきます。だらだらしてていいですよ」
声では応じずに、緩慢な動きでサムズアップする先輩に苦笑しながらわたしは部屋を出た。
キッチンのとなりにある冷凍庫を開ける。夏だからと買い込んでおいたアイスがびっしり詰まっている。カップか棒かで少し悩むけど、すぐに食べられる棒アイスにしておこう。
いちごミルクとみかんミルクのふたつを手に取って、先輩のいる部屋へ早歩きで向かった。
「お待たせしました」
「おかえりんご〜」
「好きなほう、食べてくださいね」
先輩は、のそのそと身体を起こして何回か瞬きをした。
「……ま? んじゃあ、いちごも〜らい。いただきまぁす」
「はやっ」
残ったみかんの袋をあわてて開けて、わたしも先輩に続くように口に含んだ。いつも通りにおいしい。
わたしは、「んまんま〜」とアイスをほおばっている右隣の先輩を、ばれないようにじっと捉える。──大切な人にアイスを食べさせるのが、昔からの夢だった。だってそれは、その人が永遠になるということだから。
わたしの溝にぬるぬると入り込んできて、いまとなっては一体化して離すことができなくなった、あなたに。腑抜けなその笑顔でわたしを照らしてくれた、あなたに。わたしはずっと、こうしたかったんですよ。
心の中でそんなふうに語りかけた。
ほかのことは手につかず、ただ先輩だけを見続ける。湿っていつもより発色している唇が艶めかしい。ふと、恍惚とした感情が生えてきた。それは酔狂感にも思えたし、背徳感にも思えた。むくむくと大きくなっていって、わたしの精神を支配する。
様子がおかしいのに気づいたのか、先輩はわたしに視線を移した。向けられた瞳を受け止めようとして、ああ、これはだめなやつだな、と悟った。──先輩を、わたしでいっぱいにしたい。
「ねえ、先輩……わたしのもひと口、どうですか?」
「え、いいん? 遠慮なくもらっちゃうよ〜」
アイスを奪おうと手を伸ばしてくる先輩を、わたしはゆっくり制止する。不満そうに頬をふくらませる先輩に、また心の知らない部分が刺激されるのを感じた。初めはこんなつもりじゃなかったのに、身体も口も勝手に動いてしまう。
棒の端っこをつまんだわたしは、それを先輩の顔にぐいっと近づけた。
「ふふ。──先輩、あーん」
「…………ふぁ?」
先輩は、見るからに驚いている。そしてわたしも、わたしの言動に困惑している。でも、止まらない。一度外れた枷は、なかなか元の場所に戻らない。
「ほら、早くしないと溶けちゃいますよ?」
「そ、それはそだねっ」
困り眉が若干残ったまま、先輩はわたしの持つアイスをかじる。溶けかけて曖昧になったわたしの歯型が、先輩のくっきりした歯型で上書きされた。
わたしの劣情は、もう形を留めていられないみたいだった。
「こっちもおいしいねぇ。こはるん、いっそのこと交換し──な……?」
肩を押して、先輩を床に倒れさせた。目をぱちくりさせる彼女の上に、わたしは覆いかぶさって囁く。わたしの黒い髪が、ふぁさ、っと落ちてくる。……悪いのはわたしじゃない。先輩だ。
「──結愛先輩。知ってましたか? アイスって、賞味期限がないんです」
「……ん、し、しってる……」
「だから、永遠なんです。それを食べた人間も、永遠になるんです」
浅く息を吸って、わたしは続ける。
「つまりは、いまのわたしと先輩も永遠。──
右手に持っているアイスを、もういちど彼女の口に触れさせる。今度は少しだけ、強引に。唇に押し込めると、遠慮がちな量がかじられてなくなった。
「おいしいですか?」
「むぅ……よ、よくわかんない……」
心なしか涙目のようにも見えてきて、鼓動が早まるのがわかった。嗜虐趣味なんか、わたしにはなかったはずなのに。さっきからのわたしは、やっぱりおかしい。
どこまでが許されるのか知りたくて、彼女の顔に自分の顔を徐々に近づけていく。先輩はすっかり真っ赤になって、閉じているのか開けているのかわからないまぶたをびくびくと震わせる。拒否されないことにほっとする。
別に、唇を奪うつもりはない。その証拠に、ほぼゼロ距離になったわたしたちの間には、アイスがある。
とうとう、わたしの唇が冷たいものに触れそうになったとき。──先輩はわたしの上半身を押しのけて、なんとか守っていたらしい彼女のアイスをわたしの口に突っ込んだ。いちごの味がした。
「……ね、こはるん」
「な、なんですか」
「えっち。すけべ」
「どうしてそうなるんですか……!」
溶けそうなみかんミルクのアイスをかき込んだ先輩は、まだほんのり赤らんだまま言葉を紡ぐ。
「どぉしてって……纏ってる雰囲気がえろかったっていうか〜」
「え、えろ……」
嬉しくない。だけど、思ったよりも怒っていないようで安心した。関係が崩れたっておかしくないくらいには、無鉄砲な行為だったはずだから。先輩に嫌われてしまうことがなによりも怖い。
「なんかこはるん、ずぅっとうっすら笑ってるんだもん……あたし、心臓ばくばくしっぱなしだよぉ」
「そんなつもりは、なかったんですけど」
「ありまくりだっつの〜。……でも、あたしのことまじで大好きなのはわかったわ。ありがとねぇ」
そう言って、先輩は肩に頭をのせてもたれかかってきた。……普通なら怒ると思うんだけど。ほんとうに、自由な人だ。わたしの気も知らないで。
「それは、どういたしまして……って、あっ」
「わぉ、急げ急げ〜」
半ば無理矢理に押し付けられたいちごミルクのアイスが溶けて、制服のスカートに白い染みができてしまったのだった。先輩があれこれしてくれたおかげで、染みはすっかりなくなった。
いろいろあったけど、そこからは楽しくゲームをして過ごした。リビングの大画面でやるパーティーゲームは、ふたりでも十分盛り上がった。先輩の独特のノリは、なんだか心地がいい。
空の向こうがだんだんと染まってきた頃、「そろそろ帰るわ」と先輩が切り出した。
大した距離はないけど、離れてしまうのが惜しくて、駅まで送ることにする。道すがら、先輩はこう言った。
「あたし、永遠がどうのこうのとか、よくわかんなかったけど〜」
「……けど?」
「こはるんとずっと一緒にいられるなら、それはちょっといいかもね」
わたしの両手を握って、にぱぁと笑う先輩。その様子はどこまでも純粋で、邪念にまみれた自分が情けなくなった。
──一緒にいたい。そっか、その一言ですむ話だったんだ。
「先輩、ありがとうございます」
「なにが〜?」
「いえ、なんでも。……わたしたち、ずっと一緒、ですよっ」
今度、ふたりでアイスを食べるときは。
邪なことは忘れて、そういうささやかな願いを込めてみよう。
〇
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氷菓子を、あなたと。 音多まご @nacknn10
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