第2話

「さすがに俺は顔にも身体にも肉片やら血の塊がついてて気持ち悪いからシャワー浴びてくるよ。」「あら、ゆっくりと身体を温めてくる事ね。私はリビングでのんびり過ごさせてもらっても良いかしら?」「どうぞごゆっくり。」結論から言うと井上の提案は「私も連れて行って。」だった。「私の事も連れてってよ、1人より2人の方が楽しいでしょ旅行なんて。」「お前正気か?俺は人を殺してるんだぞ、お前に対してカッとなって殺す可能性もあるかもしれない。そもそもこれから俺は人殺しというレッテルを貼られて逃げるんだぞ、着いてくるってそれがどういう事を指してるのか分かってるのか。お前も人殺しと同等の扱いもしくは共犯っていう扱いを受けるんだ。」「私も死ぬつもりだもの、構わないわ。正直もう全部にうんざりしてたから死ぬなら一緒に死のうじゃない。」「結構まともな人間だと思ってたけどお前なんていうか、結構ぶっ飛んじゃってる感じなんだな。」「失礼ね、至って冷静よ私は。親にもうんざりだし私のことをハブってくる同級生の女にも私の事を無理やり組み敷いた男にもうんざり。だから死ぬのもう、生きてる理由も素敵な未来もないし」「俺が気づかなかっただけでお前もなかなか苦労してるな」「やめてその憐れむような目、嫌いだから。別に私は可哀想でもなんでもない無いし真っ当に地に足つけて生きてるんだから私は私の事誇ってるの。」真っ直ぐと俺を見つめる瞳は後ろめたいことなんて何も無いと凛としていた。何も言い返すことが出来ずに、少し雪が降り積もり厚みの増した真反対へと続く数時間前にマーキングで残していた足跡を辿って家に向かった。玄関を開けると思わず顔を顰めてしまうような鉄臭さで充満している。玄関に乱雑に放置してある母親の死体には申し訳程度にブルーシートを被せておいた。「見てもいい?」「気持ちのいいものでは無いと思うんだけども、物好きみたいだなお前。」「あなたの憎しみを目に見て認識して体感したいの。」そういうとふわりとブルーシートを剥いで母親「だった」ズタズタの肉塊と向き合う。普通のこれくらいの年頃の女だったら取り乱して顔面蒼白で歯をガチガチと言わせて怯えるものだと思うが顔色ひとつ変えずに眺めていた。「顔の損傷が酷いわね、あなた何回植木鉢で殴ってズタズタにしたのよ。憎しみが篭もりすぎて最早笑えてくるわね。」「まあ殺してしまうくらいには憎かったからな。」「素敵な皮肉ね。」ふわりとまたブルーシートを戻して手を合わせる。律儀なやつだな、肉親な訳でも知り合いな訳でもなんでもないのに。すくっと立ち上がりズカズカとリビングに進んでいく、本当にこいつはあまりにも肝が据わりすぎているというか神経が図太いというか驚き疲れてきた。シャワーを浴びてる最中色々なことを考ていた、どこに逃げようかとかどこまでいけるんだろうかとか井上の考えてる意図とか死体の処理とか金策とか考えれば考えるほど止まらなくてあれもやらないといけないこれもやらないといけないと思考が容量得ない。不味い逆上せるぞと思って風呂から上がったが時すでに遅し、視界がグラグラする。

「あら、上がったのねおかえりなさい。」キッチンで呑気に麦茶をとぽとぽとぽとぽと注いではいと渡してくる。「あなたのお母さんの手帳を読んでた。」「素敵な昔話でも書いてあったか?」「いいえ、世の中知らなくてもいいことなんて沢山あるわね。私たちまだ子供ですもの。」ろくな事が書かれていなかったのだろうと察する。「とりあえず今から軽く荷造りをして、母親の通帳からあり分の金を引き出して逃亡資金にしようと思う。お前は荷物とかどうするんだ?」「明日の昼間だったら親も仕事に行ってて鉢合わせる可能性は少ないと思うわ。そこで私の着替えとか持っていきたいものとか全てが全てカバンに詰めてくる。」「後戻り出来ないぞ?やめておくなら今のうちだぞ。知らないフリして昨日までと同じ生活を続ければいいだけだから。」「冗談よして、あんな環境で息していくくらいなら殺人犯と共に行動して死にたいわ私。」意地悪く微笑んで小さな声で「私のことも殺してね、殺人犯さん。」と囁いた。







スマートフォン、着替え、母親の預金通帳、充電器、懐中電灯、井上が持ってろと言った母親の手帳、家にあったカロリーメイトのチーズ味と果物ナイフ。一つ一つ丁寧にリュックサックに詰め込んでいく。内容だけ見れば小学生の頃の探検や遠足のようなラインナップだが蓋を開けてみればただの哀れな逃亡劇で見つけられるのは俺。親ガチャ、とまでは行かずとも人生において運要素はかなり強いと思っていて生まれてきた土地や親や周りの環境とかそういうものが総合的に絡んで人生は構築されていく。主軸となる親に恵まれ無さすぎた、周りの大人も特別気にかけてくれたり助けてくれようとしたりも無かった。外面だけは良い母親のせいでマヌケな周りの大人は幼少期にどれだけSOS信号を出しても問題視はしてくれなかった。友人にこそ恵まれていたから緩やかに楽しい日常を送れていたがつくづく大人には恵まれなかった。あーー無駄無駄考えることを辞めよう今はもっとやらなければならないこともあるし何よりも体力温存のために早めに寝て早めに行動したい。人目がつかない時間帯を見計らって行動をしたい。今日から数日間だけ、何日間あるか分からないがほんの少しだけの自由を謳歌したいんだ。ふと井上を見るとこたつに座ったままウトウトとしている。危機管理能力が無さすぎるし、殺人犯でしかも同級生の思春期真っ盛りな男という認識もしてないのか?よく死体のある家で殺人犯の同級生の目の前でうつらうつらと寝れるなコイツは……。「風邪ひくぞ、俺の布団使うか?」「いい、ここで寝る。」「そういう訳にもいかないだろお前……明日から野宿になるかもしれないんだから今のうちに暖かい布団でしっかり身体を休めろ。」「家よりずっとずっと暖かいわ。大丈夫。」ぽやぽやとした表情でそう答える井上はそのままゆっくりと炬燵に潜り込んで行った。心苦しかった、今まで気にも止めてなかったくせにいざ目の前にして意識してみると心配になるほど細い手首や不健康な程に白い肌に紫と黄色の混じった色をしている痣。どういう目にあってるかなんて一目瞭然だった。俺も俺の周りの大人と一緒だな。







翌朝、米の炊ける匂いと魚を焼いてる香ばしい香りで目が覚めた。「あらおはよう北野くん。」「えらく美味そうな匂いがしてるんだけども。」「宿代、勝手に家の食材を物色したのは申し訳ないわ。私なりのお礼よ。」そういうとテーブルの上に続々と運んでくる。わかめと油揚げと玉ねぎの味噌汁と鮭の塩焼きと米と納豆。充分すぎる様な朝ごはんだ。「お前すごいな、これ全部作ったのか。」「味噌汁なんて具材切って煮て味噌を溶かしただけだし、鮭も軽く塩麹を塗って焼いただけ。米は研いでスイッチを押しただけ。何ら難しいものは作ってない。」「少なくとも同い年でこれくらい作れるヤツは少ないと思うぞ。誇りに思った方がいい。」いただきますと手を合わせて味噌汁から口に運ぶ。美味い、いつぶりだ朝から味噌汁を飲むのなんて。「美味しい、ありがとう。出汁とか俺の家にもあったんだな。」「いや、昆布と鰹節が見当たらなかったから白だしで鰹だしベースにしてる。喜んでもらえたなら何より。」そういうと柔らかく微笑んで食事へと戻る。「お前もしかして料理好きなの?知識がしっかりとしているというか付け焼き刃じゃない事が伺えるから。」「料理は好きよ。親たちのご飯を毎日作ってるから手際も悪くないと思う。」「やっぱりな、俺は恥ずかしながら料理は作れないし出汁がないなら白だしを使おう!なんて脳みそにはならない。」「調理の専門学校に行きたかったの。将来的には自分の店を開いて自分の作った料理で美味しいとか嬉しいとかまた来たいなとなそういう料理を作りたいって思ってた。」まあ全部どうでもいいけどねと最後に吐き捨てるように言った。「専門学校に行かせて貰えるようなお金は我が家には無いしきっと親もそんなの許さないだろうし、現状稼いだお金の2/3は親に渡してるから貯めようもないから諦めてる。」「夢ややりたいことがあるのってすごくいいと思うし俺には無いものだから羨ましいよ。」「そんな北野くんには夢なんてないんだ。」「何も無いよ、好きな物もやりたい事もない。」「そんな事有り得るの?生きていて何も好きじゃない興味無いなんて。」「なにかに期待したり望んだりすると辛くなるから嫌なんだ。だから最初から何も好きじゃなきゃ楽だよ。あぁでもそんな俺にも1つやりたいことと言うかこうしたいなっていうふんわりとした理想はあるよ。」「聞きたいわ教えて。」「田舎でのんびり暮らしたい雪がしとしと降る静かな田舎に住みたいんだ。俺さ雪は好きなんだよね、雪が降り積ったあとの真白くて光に反射していつもより二割増明るくって音を全て吸収して雪がしとしとしんしん降る音だけが少し聞こえてくる夜の雪が好きで。そういうのを身近に感じてられる田舎でのんびり暮らしていたい。」「あなたにも素敵な夢があったのね。」「まあもう人殺したしそんなの全部無理だけどねー、ガチしょうもない。出来もしないのに夢なんか抱いちゃって。」「別に叶えられるでしょ、逃げてる間死ぬまでの間一緒に住もうよ。」「無理を言うな、俺たち未成年が家を借りれる訳でもないのに。」「そこは後々考えましょ、今できることを精一杯やるの。」「綺麗事だよ、現状肉親を殺して挙句の果てには殺した肉親の貯金に手を付けて逃亡するようなやつが夢とか希望とか今できることか何それって感じだし結局死ぬのに何にも期待したくない希望なんて持ちたくない俺は。死にたくない怖いって思っちゃうじゃん。何度も期待した、俺がちゃんと学校の事をやれていれば母親はほんのりと機嫌が良かった。だから俺が悪かったんだいつも俺がちゃんとしてないから人間として当たり前の営みが出来ていないから指摘されるんだって思っていた。だけど人間出来ることの限界があって、点数とて全教科合わせてかなり上位に入る部類だし評価だって悪くないのにほんの少しのミスすら許容されないこの息苦しい空間に居続けることが耐えられなかった。死ぬか殺すかの瀬戸際ではあったけど殺すが先走ってしまっただけで元々希死念慮はあった。今更死にたくねーー!!!なんて絶対思いたくないし今迄の苦しみが少しの希望で無かったことになんてならない。」「ごめん。」顔を上げると困り眉を更に困らせてしょんもりとした顔でこちらを見つめる井上が目に入った。「貴方への配慮とか感情とか今迄の記憶とか積み重なったものとか何も配慮出来ていなかった。本当にごめんなさい、常々私は人の気持ちに寄り添うのが下手くそな人間だなとは思ってるんだけどもそれにしても少し考えれば分かるようなきっと貴方がすごく嫌な事になってしまう事を言ってしまった。だからごめんなさい。」「え、いや別に井上は悪くなくてそもそも俺とお前は互いの境遇を知らないでしょ。今迄隣の席っていう接点しかなくて親密に会話をしてきた仲良しこよしのお友達という訳でもなかった。想定の範囲内、気にしないで。」「同じような状況下で気持ちなんて痛いほど分かるのに寄り添えきれてなかった。逃亡劇の相棒となる人なんだからやっぱり解像度を高めて理解したいと思う。」そういうと困ったように井上は笑った。







食事も終わり身支度も整えた。母親のスマホは昼前くらいから何度も電話がかかってきている。きっと職場からの連絡だろうなと薄ら思う。無断欠勤をするような人間では無いからきっと職場の人間たちは心配やらで電話かけてるんだろうなもう死んでんのにウケるとか心の中で思う。外面だけはいいんだよなうちの母親は本当に心底気持ち悪いしその外面の良さは俺の遺伝子にも反映されてるのをところどころ感じて気分が悪い。

「行こうか。」「そうね、お母さんにお別れの挨拶でもして私の家に向かいますか。」「お別れも何も今世にお別れしてんだからもういいでしょ。」「最後に死に顔でも拝んどきなさいよもう見ること無いんだから。」重たい荷物を抱えて玄関に向かう。「はは、顔なんてもう無いようなもんなんだから見る必要なんて無いよ。」そういうとブルーシートをかけられた母親だったものを思いっきり蹴飛ばして踏みつける。「いいねその意気だと思うよ。」こいつもとことん狂ってるな。「行きましょ、新しい生活に。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

飽和 白絹 @siokara116

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画