「お前のヒールは痛いんだよ!」とSランクパーティを追放された回復術師、実はヒールではなく『時間逆行』を使っていたと判明する
kuni
第1話
「――おいクロノ。お前、今日でパーティを抜けろ」
ダンジョンの深層手前。 魔物が蠢く薄暗い森の中で、俺は耳を疑った。
「え……? ギレアド、今なんて?」
「クビだと言ったんだ。聞こえなかったか? この役立たずが」
Sランクパーティ『雷光の牙』のリーダー、剣聖のギレアドが、汚いものを見るような目で俺を見下ろしている。
俺は回復術師(ヒーラー)だ。 このパーティがSランクに昇格する前から、3年も苦楽を共にしてきた。 前衛がどんな大怪我をしても、俺がすべて治してきた自負がある。
それなのに、クビ? しかも、こんな危険地帯のど真ん中で?
「ま、待ってくれ! なんでいきなり……。俺のヒールに不満でもあったのか!?」
俺が食い下がると、ギレアドはこめかみに青筋を浮かべ、怒鳴り散らした。
「不満? 大ありだッ!! お前のヒールは痛いんだよ!!」
「は……?」
「腕が斬られた時より、お前に治される時のほうが痛ぇんだよ! 傷口を無理やりねじ込まれるような激痛が走りやがって! 俺はな、お前の治療を受けるのが憂鬱で仕方なかったんだ!」
「そ、それは……仕方ないだろ。俺の術式は特殊なんだ。それに、どんな深手でも絶対に完治させてきたじゃないか」
「うるせえ! 痛いのはもうごめんだ!」
ギレアドは背後に控えていた少女を前に押し出した。 白磁のような肌に、豪奢な法衣を纏った美少女だ。
「これからは、この聖女アリアに入ってもらう。彼女の『聖女の奇跡』は素晴らしいぞ。痛みなんて欠片もない。まるで天使に抱擁されているような心地よさだ」
「初めましてぇ、クロノさん。ふふっ、これからは私が皆さんの傷を癒やしますから、安心して引退してくださいね?」
アリアと呼ばれた少女は、俺を嘲笑うように口元を歪めた。
俺は唇を噛む。 アリアの噂は聞いている。 最近、王都で持て囃されている新進気鋭の聖女だ。
だが、俺は知っている。 彼女の使う『聖女の奇跡』は、傷の表面を魔力でコーティングして塞ぐだけの、言わば「高機能な絆創膏」に過ぎないことを。
「ギレアド、考え直してくれ。俺のヒールが痛いのには理由があるんだ。あれは傷を塞いでるんじゃない、時間を――」
「言い訳は聞きたくない!!」
ドォッ!!
ギレアドの蹴りが、俺の鳩尾(みぞおち)に突き刺さった。
「がはっ……!?」
俺は無様に地面を転がる。 呼吸ができず、咳き込む俺を見て、元仲間だった魔導師や弓使いも冷たい視線を送ってきた。
「悪いねクロノ。正直、僕も君のヒールは怖かったんだ」 「アリアちゃんのヒールなら安心だしねぇ。今までご苦労さん」
誰一人、庇ってくれる奴はいなかった。
ギレアドが俺の荷物を足で踏みつける。
「装備とアイテムボックスは置いていけ。それはパーティの資産だ。手切れ金代わりに、そのボロいローブだけはくれてやる」
「……本気、なのか」
「ああ。さっさと消えろ。ここから生きて帰れたら、冒険者ギルドで除名手続きをしておいてやるよ」
ギレアドたちは馬車に乗り込むと、一度も振り返ることなく去っていった。 残されたのは、身一つになった俺と、遠くで聞こえる魔物の遠吠えだけ。
「…………はぁ」
馬車の影が見えなくなってから、俺は深く溜息をついた。 ズキズキと痛む腹をさする。
「痛いのは嫌だ、か」
分かっていない。 本当に分かっていない。
俺が使っていたのは、世間一般の『回復魔法(ヒール)』ではない。
対象の時間を、傷つく前の状態まで巻き戻す――『時間逆行』だ。
時間を無理やり巻き戻す際、肉体は「傷ついた瞬間」の痛覚信号をもう一度脳に送ってしまう。 だから、俺の治療は怪我をした時と同じ激痛が走る。
その代わり。 欠損しようが、猛毒に侵されようが、あるいは死んでしまっても。 時間が戻るのだから、「無かったこと」にできる。
「……表面だけ塞ぐ聖女のヒールで、Sランクの激戦に耐えられるわけがないだろうに」
体の中に残ったダメージや、砕けた骨の破片はどうするつもりなんだろうか。 まあ、もう俺には関係ないことだが。
俺は右手を自分の腹にかざした。
「――『リターン』」
カチリ、と時計の針が戻るような音が脳内に響く。
瞬間、蹴られた激痛が再び走ったが、次の瞬間にはアザ一つない綺麗な肌に戻っていた。 疲労も、空腹も、すべて「今朝の状態」に戻る。
俺の魔力がある限り、俺は死なないし、疲れない。
「さて……まずは街まで戻るか」
厄介払いされたと思っていたが、むしろ好都合かもしれない。 あいつらの介護をする必要もなくなったし、文句を言われながら助ける義理もなくなった。
これからは、このチート能力を、自分のためだけに使おう。
俺が歩き出そうとした、その時だった。
『――ウゥ……アァ……』
森の奥から、微かな呻き声が聞こえた。
魔物か? いや、人の声だ。それも、死にかけた人間の。
茂みをかき分けた先。 そこに倒れていたのは、見たこともないほど美しい、銀髪の少女だった。
その胸には、禍々しい漆黒の杭が突き刺さっており――どう見ても、もう手遅れの状態だった。
(……いや)
俺は少女の側に膝をつく。
普通の回復術師なら、手遅れだろう。 だが、俺なら。
「……痛いけど、我慢しろよ」
俺は少女の胸に手をかざす。 世界最強の、そして最悪の激痛を伴う『時間逆行』が発動した。
これが、俺の運命を大きく変える出会いになるとは知らずに。
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