彼女になる前、私になる前――好きと呼べない気持ちの行き先
夜凪
恋愛成就の神様は、たぶん話を聞いていなかった
私の名前は
特別変わったところのない、どこにでもいる普通の女だと思う。
成績は中の上、容姿は平均、性格は少し考えすぎるタイプ。
友達もあまりいなければ、恋人なんていた事がない。
生まれてこの方ずっと。
「……はぁ」
スマホの画面を閉じて、
私は小さくため息をついた。
今日は日曜日。予定は特にない。
正確に言えば、「誰かと過ごす予定」がない。
数少ない友達は恋人とデートだの、同棲だの、結婚を意識し始めただの、そういう話ばかり。
話を聞くのは嫌いじゃない。
むしろ応援したい気持ちはある。
――でも、ちょっとだけ、置いていかれている気がした。
「恋人、欲しいな……」
声に出してみると、想像以上に切実だった。
別にドラマみたいな恋がしたいわけじゃない。
手をつないで歩いたり、他愛ないことで笑ったり、
「今日どうだった?」って聞いてくれる人がいるだけでいい。
なのに、どうして私はずっと一人なんだろう。
そんなことを考えながら、スマホをいじっていた時だった。
――《恋愛成就で話題!結び待ち神社》
――《参拝後三ヶ月以内に恋人ができた人、続出》
「……また、こういうの」
半信半疑でページを閉じようとして、指が止まる。
位置情報を見ると、意外と近い。
電車で二駅。徒歩十分。
「……行くだけ、行ってみる?」
誰に言うでもなく、私は呟いた。
どうせ、何も起きないかもしれない。
でも、何もしなければ今と同じ日常が続くだけだ。
そう思った瞬間もうバッグを掴んで家を出ていた。
結び待ち神社は、想像していたよりも小さかった。
観光地のような派手さはなく、ひっそりと住宅街の中に佇んでいる。
鳥居は少し古びていて、赤色もところどころ薄れている。
「……ここで、合ってるよね」
人の気配はほとんどない。
風に揺れる木々の音と、遠くの車の走行音だけが聞こえる。
少しだけ、不安になる。
――本当に、こんな場所で?
でも、賽銭箱の前に立つと、なぜか背筋が伸びた。
ここまで来たんだ。
ちゃんと願おう。
私は深く息を吸って、手を合わせた。
「……恋人が欲しいです」
思ったよりも、声が震えなかった。
「ちゃんと、私を好きになってくれる人で……」
少し間を置く。
「できれば、背が高くて」 「優しくて」 「一緒にいて落ち着けて」 「連絡がマメで」 「価値観が合って……」
途中で、「あ、欲張りすぎだな」と自分でも思ったけれど、止まらなかった。
「それから、私のことを、大切にしてくれる人がいいです」
最後は、自然とそう口にしていた。
願い終えて顔を上げると、境内に風が吹き抜けた。
木の葉が揺れ、鈴がちりん、と鳴る。
一瞬だけ、誰かに見られているような気がして、周囲を見回した。
「……気のせい、か」
誰もいない。
神様に願うなんて、やっぱり自己満足だ。
それでも、少しだけ心が軽くなった。
「ありがとうございました」
そう一礼して、私は神社を後にした。
翌朝。
目覚ましが鳴る前に、目が覚めた。
「……よく寝たかも」
不思議と気分がいい。
昨日、神社に行ったから?
そんな単純な理由で気分が変わるなんて、我ながらちょろい。
身支度を済ませ、いつも通り家を出る。
いつも通りの道。いつも通りの駅。
――なのに。
(……あれ?)
視線を感じる。
通り過ぎる女性が、ちらっとこちらを見る。
少し離れた場所にいた女性が、目を逸らさずにこちらを見ている。
(……私、何か変?)
服装は普通だ。寝癖もない。
気のせい、だよね。
そう思いながら歩いていると。
「――あの」
背後から、落ち着いた声がした。
振り返ると、そこに立っていたのは、長い黒髪の女性だった。
年齢は二十代後半くらいだろうか。
すらりとした体型に、シンプルな服装。
派手ではないのに、不思議と目を引く。
「……はい?」
思わず、間抜けな返事をしてしまう。
「昨日、神社にいましたよね」
「……え?」
心臓が跳ねた。
「結び待ち神社。夕方頃」
どうして、それを。
「……い、いましたけど」
警戒すると、彼女は少し困ったように笑った。
「やっぱり。人違いじゃなくてよかった」
「……どうして、私だって」
「見ていたから」
さらりと言われて、言葉を失う。
見ていた。
昨日の、あの願いを?
「驚かせてしまいましたよね。すみません」
そう言って、彼女は一歩だけ距離を取った。
「でも……どうしても、声をかけたくて」
「……私に?」
「はい」
まっすぐな視線。
理由がわからない。
知らない人。
なのに、なぜか怖くはなかった。
「……あの、失礼ですけど」
意を決して、聞く。
「お名前、伺ってもいいですか」
彼女は少し間を置いてから、微笑んだ。
「一ノ瀬
澪、と名乗った女性は、どこか満足そうだった。
「三葉さん、ですよね」
「……え?」
どうして、名前まで。
混乱する私を見て、澪は穏やかに言った。
「昨日、絵馬に名前、書いてましたから」
――見られていた。
確実に。
「驚かせてしまって、本当にごめんなさい。
でも、あなたが願っている姿が……とても綺麗で」
綺麗?
神社で、必死に恋人を願っていた私が?
「……あの」
頭が追いつかない。
「それで、どうして声を?」
澪は一瞬、視線を伏せてから、静かに言った。
「運命だと思ったんです」
「……は?」
「昨日から、ずっとあなたのことが気になって」
朝の駅で、そんなことを言われる日が来るなんて。
「だから……もしよかったらまた会えませんか」
心臓が、うるさく鳴る。
――恋人が欲しいと、私は願ったはずだ。
なのに。
最初に現れたのは、
こんなにも真剣な目をした、女性だった。
「……考えさせてください」
精一杯、冷静を装ってそう答える。
澪は、少し寂しそうに、でも優しく笑った。
「はい。待ちます」
そう言って、連絡先を書いた紙を差し出してきた。
「無理に、とは言いませんから」
紙を受け取った瞬間、指先が触れる。
――なぜか、胸がざわついた。
これが、私の恋の始まり?
それとも――
神様の、とんでもない勘違いの始まり?
私はまだ、その答えを知らない。
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彼女になる前、私になる前――好きと呼べない気持ちの行き先 夜凪 @menma07
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