江戸時代。テレビ時代劇のおかげで、現代を除けば日本人にとって最も馴染み深い時代ですが、「花火職人が誘拐されたら爆弾作らされていると思え(時計職人もセットなら時限爆弾)」とか、「将軍や町奉行が自ら江戸市内を回って悪事を一件一件解決していく」といった「常識」を刷り込まれているのも時代劇のせい。百万都市の治安維持の方法としてはいささか非効率な気が。
そんな江戸期を描いた歌舞伎の演目に、『籠釣瓶花街酔醒(かごつるべ さとのえいざめ)』という作品があります。あらすじをざっくり要約すると、「失恋した主人公が妖刀村正を手に無差別殺人」という、リアルでやったら大惨事ですが江戸時代ならしょうがないか、という感じの内容です。
本作は、そんな『籠釣瓶』をベースにした短編ですが、何しろ作者は四谷軒氏。ただ原作の歌舞伎の内容をなぞるだけのはずがなく、「何故あえて『徳川家に祟る刀』と言われた村正で凶行に走ったのか」という視点からアレンジを加えていて、原作の持つ主人公(篤実な田舎者だが花魁に振られる)の悲哀と苦悩はそのままに、ミステリのような深みを加えて味わうことができます。
そして何と言っても衝撃のラスト。原作とは異なる凶行の結末は必見です。
歌舞伎の名作を題材にした名作歴史短編、是非お読みください!
花魁に惚れた男が、恋敵となる男を討つために妖刀を握る……なんとも罪深い雰囲気があらすじからも漂う本作は、まさに魔性の妖しき魅力に溢れています。
花魁を巡る愛憎劇、そこに一振りの「妖刀」と称される刀。
うーん、絶対に良くないことが起こる組み合わせです。
おい馬鹿やめろ、と引き止めたくなります。
きっかけは、些細な眉唾物の戯言であったのかもしれません。
しかし、ここまでの大きな出来事にまで発展してしまったのは、何か人ならざる者の意志が働いたからかもしれません。
それこそ、妖刀が妖刀と称される所以なのかもしれません。
ただ一つ確かなことは、その刀が振るわれたという事実です。
そしてその結末は、随分とびっくりな形で裁かれます。
これ、そういうお話だったのですね。
いやはや、お見事と言いますか。
歴史ものに相応しい、実に味わい深い作品でした。