第6話 賢者の誤算
アリスの胸から放たれた一瞬の光の脈動は、結界が張られた岩窟全体を黄金色に染め上げた。それは瞬く間に消え失せ、光の反動でアリスは苦悶の声を上げ、床に崩れ落ちた。彼の胸の紋様は再び落ち着きを取り戻したが、その輝きは以前よりも不安定に、そして深く刻まれているように見えた。
岩窟の入り口で座禅を組んでいた賢者ヴェリタスは、その光景を静かに見守っていた。彼の皺だらけの顔は感情を読み取れないほど無表情だったが、その瞳の奥には、数千年を生きる賢者だけが持つ、世界に対する深い絶望の色が滲んでいた。
ヴェリタスはゆっくりと立ち上がった。杖を握る手に力を込め、遥か北の空を睨む。そこには何も見えない。しかし、彼の内なる感覚は、世界のバランスが決定的に崩れたことを告げていた。
先ほどアリスが放った光の波動は、「光の覇王が存在する」という揺るぎない事実を、世界に、そして闇に宣言してしまった。アリス自身の疑問が、封印の最も弱い部分を突き破ったのだ。
「…無駄な足掻きであったか」
ヴェリタスは口を開き、乾いた空気に重い言葉を吐き出した。
「光の覇王を生かしておけば、闇の騎士が現れる。故に、光を封じれば、闇は現れぬ。人々が信じたこの逆説は、我々の希望であった」
彼はアリスに近づき、力なく横たわる彼の額に手を置いた。
「この子は、世界を救う唯一の手段として、自らの存在を否定し続けた。私は、世界を救うために、この子から光を奪おうとした」
彼は、自身の行いが世界にとって最善であると信じていた。光が世界に現れなければ、闇もまた姿を現さない。伝承の「光の覇王がいなければ闇の騎士も現れないのではないか」という人々の希望に、彼は人生の全てを賭けたのだ。
しかし、その希望は打ち砕かれた。
アリスの胸の光は、世界の意志によって定められた運命の印。それを個人の意思や術で消し去ることなど、最初から不可能だったのだ。力を完全に殺すことができず、ただ抑え込んだだけでは、むしろ闇の騎士に対して「準備が整った」という信号を送ったに等しい。
ヴェリタスは深い溜息をついた。その声は、長い時間をかけて築き上げた全てが崩れ落ちる音のように響いた。
「やはり無理であったか」
彼は膝をつき、力尽きたアリスの小さな手を握りしめた。
「光の覇王の印は、ただ生まれるだけで闇を呼ぶのではない。その存在が確立し、自らの運命を受け入れる兆しを見せたとき、闇の騎士は目覚める。封印とは、運命の始まりを遅らせるだけの、愚かな足掻きにすぎなかったのだ」
ヴェリタスは立ち上がった。彼の眼差しは、覚悟を決めた戦士のそれへと変わっていた。
「闇は来た。人々が最も恐れ、最も避けようとした結果が、今、現実のものとなった。アリスよ、お前がその光を恐れても、世界はお前を望まなくても、もう選ぶ道はない」
外の山脈の稜線に、不吉な黒い影が伸び始めたように見えた。それは、単なる夕闇ではない。
「逃げる時間は終わった。世界は、お前が光を封印したことではなく、お前が光の覇王として存在したことに、今、罰を受けようとしている」
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