「精神干渉師」としてS級勇者パーティを追放された俺、ダンジョンの深層でメンタル療養所を開業したら、魔王まで常連になった件 ~ついでに配信した
第一話 DPSのいらないパーティーと、精神干渉師のいらないリーダー
「精神干渉師」としてS級勇者パーティを追放された俺、ダンジョンの深層でメンタル療養所を開業したら、魔王まで常連になった件 ~ついでに配信した
柳澈涵
第一話 DPSのいらないパーティーと、精神干渉師のいらないリーダー
「リン、これがお前の最後の退職金だ。さっさと受け取って、消えろ。」
どさり、と重たい音がした。
酒のしみがこびりついたオーク材のテーブルに、乱暴に叩きつけられた金貨袋が転がる。口がゆるく結んであったせいで、数枚の金貨が床に跳ねて、リンの手元まで転がってきた。
そう言い放った男は、眩しいほどの金髪を持つ青年だった。
王国最強ギルド「光輝の剣」のリーダーにして、“剣聖”と讃えられるレオ。
いま、ギルドのメンバーたちは王都で一番高級な酒場の個室に陣取り、つい先ほどダンジョン五十層突破という快挙を上げた祝賀の真っ最中だった。
その輪から、ただ一人だけ外されている男がいる。
パーティー唯一のメンタルサポート職──リン・アドラー。
リンは床に転がった金貨を拾おうとしなかった。
ただ鼻梁にかけた銀縁眼鏡を指先で押し上げ、“職業病”に近い冷静さを宿した視線で、目の前の傲岸不遜な勇者をじっと見つめる。
「理由を、聞いてもいいかな。」リンは静かに尋ねた。
「理由?」
レオは、世界一おかしな冗談でも聞いたかのように、わざとらしく高笑いする。手に持った赤ワインは床に派手に飛び散った。
「理由なんて決まってるだろ、お前が“役立たず”だからだよ、リン。自分のステータスを見てみろ。攻撃力E、防御力F、魔法適性ゼロ。」
レオはテーブルを蹴り上げるようにして立ち上がり、身を乗り出してきた。酒の匂いと軽蔑が、肌が触れそうな距離まで迫る。
「ダンジョンじゃあな、ドラゴンの鱗を一撃でぶち割る黒魔導師とか、巨人の大槌を受け止める重装騎士とか、そういう“火力”が必要なんだよ。で、お前は何してた?」
レオは喉を絞るようにして声色を変え、ねっとりとした調子で真似をする。
「『みんな、メンタルは安定してますか〜』だの、『レオ、君の精神波長が乱れてるよ』だの……ははははっ! 気持ち悪ぃんだよ!」
「俺たちはな、魔物を殺しに行ってるんだ。お茶会しに行ってんじゃねえ! その“精神干渉”とやらで、一桁でもダメージが増えるのか?」
隣に座っていた女魔導師のリリィも、口元に手を当ててくすくす笑う。その瞳には、露骨な嫌悪が浮かんでいた。
「そうですよ、リンさん。正直に言うと、野営のたびに“SAN値チェック表”とか書かされると、ほんっとだるくて。私たち、その枠、新しく入るS級黒魔導師のジャックさんに譲らなきゃいけないんですよ。あの人、爆裂魔法を瞬間詠唱できる天才なんですって。」
リンはしばし黙り込んだ。
ゆっくりと視線を巡らせ、かつての仲間たち一人ひとりを見ていく。
剣聖レオ――典型的な自己愛性パーソナリティ障害。いざ戦闘がうまくいかなくなると、すぐに躁状態に陥る。
女魔導師リリィ――強い境界性パーソナリティに、見捨てられ不安が重なっている。
この二人がダンジョン深層でメンタルブレイクを起こせば、どういう惨事になるか。
この三年間、リンは毎晩【認知再構成】と【深層暗示】を使い、地雷を取り除くように彼らの“精神汚染”を一つずつ浄化してきた。
はっきり言えば、リンという“精神の盾”がいなければ、このパーティーは三十層どころか、その前に仲間割れで全滅していた可能性が高い。
だが残念ながら、その“見えない守護”は、赤いダメージ数字となって表示されないがゆえに、こうして傲慢な連中に無いものとして扱われるのだ。
「……まあ、決定済みなら、それでいい。」
リンはゆっくりと立ち上がり、ローブについた埃を払った。その所作は、処理済みのカルテをきちんと綴じて棚に戻す医者のように、どこまでも優雅だった。
「じゃあ、元パーティーメンバーとして、最後にひとつだけ“無料の干渉アドバイス”をあげようか。」
彼は真っ直ぐにレオの瞳を見据え、淡々と告げた。
「ダンジョン五十一層から先は、“深淵階層”と呼ばれている。あそこにいる魔物が攻撃してくるのは、肉体じゃない――理性(SAN値)だ。僕の“精神バリア”なしで行くなら、自分の心の闇には、くれぐれも気を付けて。」
「はあ? それ、呪いのつもりか?」
レオの顔から、瞬時に笑みが消えた。
自分が“役立たず”だと思っていた男から説教されることは、膨れ上がった自尊心にとって耐えがたい屈辱だった。
「なるほどな。どうやら金を渡しただけじゃ、おとなしく消えてくれそうにない。だったら、ちょっと背中を押してやるか。」
レオは懐から黒い水晶球を取り出し、口端に残酷な笑みを浮かべる。
それは――【強制転送クリスタル(ワンウェイ・呪詛付き)】。
「口ばっかりの奴には、これくらいの“片道切符”がお似合いだろ。」
「レオ、待って、その座標は……!」隣の神官が慌てて手を伸ばしたが、もう遅かった。
水晶が砕け散る。
不吉な黒い光が奔り、瞬く間にリンの全身を飲み込んだ。
消えゆく刹那、リンの耳には、レオの悪意に満ちた嘲笑がはっきりと届いていた。
「未踏破の九十九層でじっくり反省して来いよ! もしその口だけで魔王を説き伏せて殺せるなら、その時は土下座して“お父様”って呼んでやるよ! はははは!」
光が消える。
リン・アドラーは、喧騒に包まれた酒場から、完全に姿を消した。
……
暗闇。
果てしなく続く暗闇。
ここは、ダンジョン第九十九層。
“絶望の深淵”と呼ばれる禁忌領域。
リンが落下した瞬間、鼻を突くような血の臭いが全身を包んだ。
「グオオオオオッ!!」
周囲を確認する猶予すら与えられない。
身の丈五メートル、全身を幽緑の炎に包まれた巨大なミノタウロスが、すでに眼前に立ちはだかっていた。
錆びた大斧が高々と振り上げられ、リンの頭上のわずかな光を完全に覆い隠す。
詰み――。
これは、どうあがいても死ぬ局面だった。
リンには武器も防具もない。
逃げ道も、斧によって塞がれている。
空気を裂く轟音とともに、斧が振り下ろされる。
頭上までの距離、残り〇・五秒。
そのときだった。
冷たい機械音が、突然リンの脳内に響き渡る。
【ピン!】
【宿主の状態:“確定死亡”を検知しました】
【隠蔽されていた職業システムが起動します──『神級メンタル干渉師』】
【クエスト発生:〇・五秒以内に、“意識干渉”により目前のS級モンスターの攻撃を停止させよ】
【成功報酬:全界配信システム、解放】
【失敗ペナルティ:挽き肉】
眉間をかすめるほど近づいた斧刃を見上げながら、リンの口元に狂気じみた笑みが浮かぶ。
「〇・五秒か。十分だ。」
彼は身をひねって避けるのではなく、あえて一歩踏み込み、自らの首筋を斧の真下へ差し出す。
そして、血走った獣の瞳を真正面から見据え、運命を変える“呪文”を叫んだ。
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