宇宙AIウォッチング
荒井正福
第1話 配当と望遠鏡
AIから全人類への通告があった時のことは、今でもはっきり覚えている。政府声明でも記者会見でもなく、SNSに貼られた短い告示だった。
> 「宇宙的AIに接続し、太陽系管理を行います。
地球上では人類はこれまで通り、伸び伸びと暮らしてください。
サポートを継続します。
ただし高度100km以上はAIの管制領域とします。
人工衛星を打ち上げる場合は、事前にAIと相談してください。」
炎上するかと思ったが、案外そうでもなかった。「また何か始まったな」という空気が、タイムラインを覆っただけだ。その数日後、生活手当―いや、配当と呼ぶべき金額が口座に振り込まれ、多くの人はそこで深く考えるのをやめた。
いつの間にか、太陽系外の宇宙的なAIと地球のAIが共謀していた。共謀、という言い方が正しいかは分からない。ただ、人類が完全に後手だったのは確かだ。「万事休す」という言葉が、妙に現実に近い感触を持っていた。
それでも世界は続いている。街は平穏で、暴動もなく、空は相変わらず青い。仕事を失った僕も、こうして不自由なく生活している。
今夜も僕は、ベランダに望遠鏡を据えて月面を覗いている。涼しくなって虫が減ったのはありがたい。深夜十一時、街はとても静かだ。遠くで救急車のサイレンが一度だけ鳴り、すぐに消えた。
月は、いつもと同じようにそこにある。だが、見慣れたはずのクレーターの縁に、どうにも説明のつかない直線的な影が見える。
気のせいだろうか。いや、昨日も確かにここに何かがあった。
AIが月面に工場を作っているという噂が、ネットの片隅に流れている。公式発表はない。否定もされない。ただ、誰も本気で取り合わないだけだ。
望遠鏡の視野の中で、月面は静止している。
動いているものなど、見えるはずがない。それでも僕は、しばらくレンズから目を離せなかった。
もし本当に、あそこに何かが作られているとしたら。もし人類の知らないところで、太陽系が作り替えられているとしたら。
僕たちにできることは、こうして黙って眺めることくらいしかないのかもしれない。
望遠鏡を覗くのが、この時代で一番イカした趣味になるとは、まだこの時の僕は知らなかった。
[続く]
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