『恋愛偏差値ゼロの私に、学園の王子様が求愛中!? その「未知」なる執着には、十年越しの理由がありまして。』

小乃 夜

第1話∶モブ女と星の王子様

 緊急事態である。

 いや、人類滅亡の危機と言い換えてもいい。

 私の目の前には、極彩色のイルミネーション。周囲には幸せそうなカップルの群れ。そして隣には――。

「つむぎ、寒くないか?」

 学園カーストの頂点に君臨する、「王子様」こと西園寺(さいおんじ)湊(みなと)がいる。

 彼が私の顔を覗き込むたび、周囲の女子たちから突き刺さる視線が痛い。

 彼氏いない歴=年齢一七年。恋愛偏差値ゼロの私、小野寺(おのでら)つむぎにとって、この状況は深海よりも宇宙よりも恐ろしい『未知の領域』だった。

 ◇

 事は昨日の放課後に遡る。

 帰宅しようとした私は、教室の扉へ手をかけた瞬間、背後から強烈な力で腕を引かれた。

 振り返れば、そこには西園寺湊。

 文武両道、眉目秀麗。歩けば女子が振り返り、微笑めば黄色い悲鳴が上がる、正真正銘のイケメンだ。私とは生息域が違う。関わることなど一生ないはずの「鑑賞用植物」のような存在。

 その彼が、至近距離で私を見下ろしていた。

「明日、空いてるよな」

「へ?」

「遊園地のペアチケットがある。付き合え」

 それはお誘いというより、勅命だった。

 あまりの顔面偏差値の高さに脳の処理速度が追いつかない。私は金魚のように口をパクパクさせ、あろうことか「は、ひ、はい」とあほ面で頷いてしまったのだ。

 そして現在、クリスマスイブの遊園地。

 私はガチガチに緊張してロボットのような歩き方をしていた。

(無理無理無理! エラー発生! なんで私が? 新手のいじめ? それともドッキリ?)

 私の脳内会議は紛糾していた。

 西園寺くんは、普段学校で見せるクールな表情を崩さない。でも、一つだけおかしいことがある。

 さっきから、私の手を絶対に離そうとしないのだ。

 手袋越しの熱が、私の心拍数を異常な数値まで引き上げている。

「……あ」

 売店を通り過ぎたとき、西園寺くんが足を止めた。

「ドクターペッパー、好きだろ」

「えっ」

 彼は迷わず、少しマニアックな炭酸飲料を購入し、私の頬にピトッと押し当てた。

「なんで……知ってるの?」

 私が教室の隅でこっそり飲んでいるのを、誰にも見られていないはずなのに。

 彼はストローを指でつつきながら、どこか懐かしむような目で私を見た。

「お前の好みくらい、全部知ってる」

「は、はい!?」

「それに、お前は昔から高いところが得意だったよな。次はあれに乗るぞ」

 彼が指さしたのは、絶叫マシーン。

 昔から?

 首を傾げる。私たち、高校に入って初めて同じクラスになったはずじゃ……?

 私の困惑をよそに、西園寺くんは愛おしいものを見るような、それでいて獲物を逃がさない肉食獣のような瞳で微笑んだ。

「行くぞ。今日は絶対に離さないからな」

 ◇

 ジェットコースターで魂が抜けかけ、お化け屋敷で私の悲鳴が園内に響き渡り、気づけば閉園間際。

 私たちは、デートの最終関門にして最大の難所『観覧車』に乗っていた。

 密室。夜景。二人きり。

 ゴンドラが高度を上げるにつれ、私の限界ゲージも頂点に達しようとしていた。

(もう耐えられない! この「未知」の状況を解明しないと、心臓が爆発する!)

 私は震える拳を膝の上で握りしめ、意を決して口を開いた。

「あ、あのっ! 西園寺くん!」

「ん?」

 彼は夜景から視線を外し、私に向き直る。

「どうして、私なんですか!?」

 叫んでしまった。

「私は地味だし、モブだし、西園寺くんとは住む世界が違うんです! もっと可愛い子は山ほどいるのに、なんで私なんかを……これ、罰ゲームですよね!?」

 一気にまくし立てた私を見て、西園寺くんはきょとんとした。

 それから、ふっと吹き出し、肩を震わせて笑い始めたのだ。

「くくっ……やっぱりお前は、変わらないな」

「わ、笑い事じゃないです!」

「悪い。でも、そういうところが好きなんだ」

「……え?」

 好き?

 思考が停止する私に、彼はポケットから何かを取り出した。

 それは、古びて色褪せた、子供向けの絆創膏だった。キャラクターの絵柄も擦り切れている。

「これ、覚えてないか?」

 私は目を凝らす。

 記憶の彼方、分厚い雲に覆われた「未知」の領域に、一筋の光が差すような感覚。

 ――十年前。近所の公園。

 膝を抱えて泣いている男の子がいた。

 綺麗で、でも寂しそうな顔をした男の子。私は持っていた一番お気に入りの絆創膏を、彼の膝の擦り傷に貼ってあげたのだ。

『いたいのいたいの、とんでけー!』

『これ貼ったら最強だから! もう泣かないで!』

「……あ」

 記憶がフラッシュバックする。

「まさか、あの時の……泣き虫くん?」

「泣き虫言うな」

 西園寺くんは少し拗ねたように唇を尖らせたが、その耳は真っ赤だった。

「あの時、救われたんだ。家柄とか、期待とか、そういう重たいもの全部取っ払って、ただの俺を見てくれたのは、世界でお前だけだった」

 彼は絆創膏を大切そうに握りしめ、熱っぽい瞳で私を射抜いた。

「ずっと探してたんだぞ、つむぎ。高校で再会した時、運命だと思った」

「そ、そんな……」

「他の女子みたいに俺を王子様扱いしない。俺の前でも怯えたり慌てたり、見てて飽きない。……十年前からずっと、俺の初恋はお前なんだ」

 学園の王子様が、ただの一途な男の子の顔をして、私に告白している。

 その事実に、私の「未知」に対する恐怖心は、音を立てて崩れ去った。

 代わりに湧き上がってきたのは、胸が締め付けられるような、むず痒くて温かい感情。

 ゴンドラが頂上に達する。

 彼はそっと私の手に自分の手を重ねた。

「俺にとってお前は『未知』じゃない。『唯一』なんだ。……つむぎ、俺と付き合ってくれないか?」

 私の頭上の脳内コンピューターが、ポンッと音を立ててショートした。

 でも、今度はエラーじゃない。

 私は真っ赤な顔で、彼の手を握り返した。

「……その、まずは『お友達』という未知の領域から、探検させてください……!」

 精一杯の返事に、彼は今日一番の、とびきりの笑顔を見せた。

 私の人生における「彼氏いない歴」というステータスが、どうやら書き換わる日は近そうだ。

 未知との遭遇は、最高に甘いハッピーエンドの予感がした。


(了)

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