第4話

 三日後、山田が私のところに来た。


「田中さん、重要な発見です」


 随分と興奮した様子の彼は、タブレット端末を見せてくる。そこには、複雑なグラフが表示されていた。


「『みちみち』という音の繰り返し周波数が、宇宙背景放射の周波数と似ている気がします」


 私は背筋が凍った。


「つまり?」


「この歌は、宇宙の基本構造を表現しているかもしれないのです」


 子供たちが無邪気に歌っているわらべ歌が? 私を苦しめた下品な歌が? 宇宙の法則を内包している。


「まてまて。ただの子供の遊び歌だぞ」


「そう思われてきました。でも、実際は違う。これは高度な知性によって作られた、メッセージかもしれません」


  §


 同日。別の方向から解析を行っていた鈴木にも話しかけられた。


「歌詞の意味を考えてみたんですけど。やはり、何かしらの暗喩かもしれません」


 彼は、話しながらホワイトボードに書き込んでいく。


『かみがないから てでふいて』

「『紙』と解釈しがちですが、『神』としたらどうでしょう? 神がいないから、人間の手で解決する。人類の自立を表しているようにも取れないでしょうか?」


 反論しそうになるのを堪え、私は黙って聞いていた。


『もったいないから なめちゃった』

「排泄物の再接種、循環です。宇宙船の生命維持システムにも使われるものであり、永久機関の概念です」


 排泄物を浄化し、再び飲料水や食料に変換する。間違いなく宇宙時代に必須なシステムだ。


「ならば『みちみち』は『未知未知』と強調したか、『未知への道』。どちらにせよ、宇宙に出ることの表現でしょう」


 鈴木が続ける。


「そして『みっちゃん』。これは、特定個人ではなく、全人類を指すのでは?」


 こじつけだ! 理屈と膏薬は何とやらでしかない。

 でも、反論できない。


「つまり。この歌は高度な宇宙文明の基本概念を、子供でも覚えられる形で表現している可能性があります」


 私は頭を抱えた。

 違う! そんなはずがない。

 あれは、ただのいじめの道具だった。

 私を、「みっちゃん」と呼ばれる者を傷つけるための、下品な歌だった。

 それが、宇宙の真理? 冗談じゃない。


 だが、山田の示したグラフは美しかった。「みちみち」が美しさと連動していた。

 否定すれば否定するほど、私が信じてきた科学という「知性」が、あの下品な歌に浸食されていくような気がした。

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