第1話 初日

01.初日


 住む場所が変わるのは、これで何度目だっただろう。


 幼い頃から引っ越しを繰り返しているので途中から数えていない。中学三年生になったこのタイミングで都会の学校に転校することになった。生まれた場所らしいので故郷に戻ってきたことになるが、懐かしさは感じない。

 

 いつも長くて一年位しか同じ所にいないので、友達ができたとしてもすぐに別れることになる。その度に悲しい思いをしていたが、この生活に慣れたせいか少しずつ感情が鈍くなっていた。

 

 部屋を見渡すと、まだ手付かずの段ボールがいくつも残っている。完全に片付くにはまだ時間がかかるし面倒も多い。

 

 それでも、この部屋は気に入っている。二階建て賃貸アパートの1階、2LDK、ペット可、そして何といっても全室フローリング。畳の部屋ばかりだった僕には憧れであった。

 

 もう少し自分の新しい部屋を満喫していたいところだが、学校へ持っていく教科書と書類をもう一度確認する。しかし足元に同居人がまとわりついてくるので、いまいち集中できない。


「ローラ。帰ってきたら相手してあげるから大人しくしててよ」

「ワン」と小さく一声吠えたので、返事として受け取った。しばらく真っ白な全身をなでてあげたら、満足したのか部屋を出ていった。


「おーい、大祐(だいすけ)」


 玄関から父さんの声が飛んでくる。僕は新品の鞄を持って部屋を出る。リビングを通り短い廊下に出ると、父さんが玄関に座って靴を履いていた。ローラも横でお見送り体制だ。


「もう出るのか?」

「うん。転校初日だし、早めに行くよ」

「……大祐。あまり無理はするなよ」

「大丈夫だよ」


 玄関横には父さんの部屋があり、そこには母の遺影写真が飾ってある。


「いってきます」と声をかけてから僕達は家を出た。


 今日は天気が良くて暖かい。桜は散ってしまっているが、緑が多い地域なので嬉しい。


 僕は昔から人が沢山集まる場所が嫌いだ。そもそも人が苦手なのかもしれない。それに比べて純粋に生きている動物や植物は好きだし癒される。以前の場所は自然が多く、ほのぼのとしている雰囲気が好きだった。


「やはり都会は人が多いな。大丈夫か?」

「まだわからないけど……頑張るよ」


 病気というわけではない。ただ、学校のような人の集まる場所にいると、たまに体調を崩してしまう。父さんは心配そうだけど、どうなるかは自分でもわからない。


「父さんは本社勤務になったんでしょ?出世だね」

「そうだな。父さんも頑張るよ」


 父さんは全国に支店を持つ不動産会社で働いている。本社勤務となれば栄転になるはずだが、それを拒み続けてずっと地方を転々としている変わった人だ。僕と同じで人の多いところは嫌いなのかもしれない。


「父さんはここからバスだ。ちゃんと先生に挨拶するんだぞ」

「わかってる」


 父さんは何か言いたそうな顔をしたが、すぐにいつもの穏やかな笑顔に戻った。


 僕がこれから通うことになる大和学園中学校は私立の学校で、転校する際に試験を受けさせられた。学校に関してはどこでも良かったので父さんの薦めに従ったが、転校のための試験があるのには驚いた。


 試験の日に歩いた道を思い出しながら進む。しかし周りに学生の姿が見当たらないので少し不安になる。まだ時間に余裕があるからだろうか。


 差しあたっての問題は、クラスにどう慣れていくかということ。元々社交的ではないし、どちらかと言うと内気な性格をしていると自分でも思う。見た目もこれといった特徴は無く、クラスの中心になるようなことも無い。


——目立たずひっそりと過ごしたい。

 これがモットー。

——波風を立てずに自然にクラスに溶け込んでいく。

 これがベスト。

 

 だけど転校当初はどうしても目立ってしまうので、なるべく早くその状態を脱したい。その為にはあまり意見を言わず、みんなに合わせた言動を心掛けている。


——しかし。

 

 実際にはよく失敗している。みんなの話題についていけず、気まずい沈黙を作ってしまうのがお決まりのパターンだ。


 これからの学校生活に思いを巡らせていると、見覚えのある住宅街の中にいた。ここを抜けると割と広い通りに出るはずだ。学校まであと少しという安心感は、強い衝撃を受けたことでかき消された。


 大通りに出た僕の目に飛び込んできたのは、歩道を埋め尽くす学生たちの大群だった。


 突然現れた人の群れに足が止まってしまう。胸が締め付けられ、呼吸が浅くなる。まるで水の中にいるような息苦しさを感じる。


 さっきまでの静けさが嘘のようだ。覚悟していたつもりでも、実際に目の前にすると全身がこわばった。


 だが、いつまでも立ち止まっている訳にはいかないので、自分に活を入れ何とか波に乗ることはできた。周りの人の流れに合わせて歩いていると、少しの安心と孤独を感じる。それと同時に、緊張もじわりと這い上がってくる。


 新しくて綺麗な白い校舎に、人の渦が吸い込まれてゆく。広い校庭にはジャージ姿の生徒もちらほらみえる。朝練の片付けだろう。どんなに環境が良くても、僕が馴染めるかは別問題だ。これだけ人が多ければ人間関係も複雑だろう。環境だけで人の幸せは図れない。


 僕は深呼吸をしてから、門の中へ足を踏み入れた。


——ここでは、どんな日々が待っているのだろう。

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