そのチートは何のために

二桃壱六文線

序章 夢破れた俺の話

 異世界召喚に巻き込まれ、でもちゃんとチートを貰えた事で人生勝ち組だと思っていた時期が俺にもありました。

 ただ現実は只管に、只管にリアルで残酷なものなのだった。


「うぉおおお、もう駄目だ。俺の人生は今日終わったんだ」

「まぁまぁ長塚氏。女性なんてのは星の数ほどいるんですから」

「うぅうう、聞き飽きたぞ、そんな常套句。女性は星の数ほど居ても、勝ち残るヒロインはたった一人しか居ない。そして主人公も一人しか居ないんだっ」

「今回ばかりは重症ですねぇ」


 友人である吉高くんが、「昨夜の長塚氏は最高でしたぞ」とニヤケ顔で朝っぱらから部屋に遊びに来ていた。

 そしてこの水晶玉に映る、昨日の惨状を見せつけられている。

 酒に酔いつぶれて全く記憶が無いので、状況説明には便利なのだろうけれど。異世界は魔法という便利概念で大抵のことは出来てしまうが、迷惑でしか無い。あぁあ、隣のお客さんがすごい目で俺のことを見ている……。


「3年だ。3年だぞ。俺は姫の為にこの3年を費やした。彼女のために火山の火口にも、モンスター犇めく魔の森にも、魔界にだって足を踏み入れた。手がかりを得るために王国一危険な、古代のカタコンベ、A級ダンジョンも踏破したんだ」

「あぁあれは噂になりましたねぇ」

「大人のお姉さんたちチヤホヤされながらも、俺はこの純愛を貫いていたんだ」

「夜のお店のお姉さんにカモられなくて良かったですなぁ」

「だが何だ、あの展開は。隣国の王子の登場だと? 将来を誓い合っていた幼馴染だと? 何だそのベタな展開は、今日日女児アニメでもそんな展開はやらないぞ」

「あぁアニメ……。久しぶりに見たいですなぁ」


 「姫」というのが、俺達を集団異世界召喚して呼び寄せた王国のお姫様の事で、絶世の美女だったのに呪いで醜い姿に変えられてしまっている、というものだった。

 この世界を脅かす魔王を倒すために、勇者として召喚された俺達だけれども。俺はこのお姫様を救うことが自分の使命だと勘違いしていた。

 言ってしまえばメインストーリーに付随したサブクエスト、DLCみたいなものだとしても、俺はこれこそが俺の使命だと勘違いしてしまった。

 だって仕方がないだろう? 俺に与えられたチートは ”たった一人の女性のために” これは文字通り、心に決めた女性のためなら何だって出来る、というチート。事実、俺はこのチートの力を持って、数々の偉業を成し遂げ、遂に万病に効く、姫の呪いを解く ”精霊の妙薬” を手に入れた。


 勘違いするだろう? 姫の呪いを解いたものには姫との結婚を許す、って言われれば命を掛ける価値があるって思うだろう? だが、彼女の呪いが解けた瞬間、隣りにいたのは隣国のイケメン王子だった。姫が笑顔を向けたのは隣国のイケメン王子だった。「私の顔、醜くはありませんか?」 って涙声で語りかけたのは隣国のイケメン王子だった。王子がぼろぼろと涙をこぼしながら、こくりと頷いて、姫が満面の笑みを見せたのは王子に対してだった。それからはっとして、俺に目線を投げかけて、姫の表情が悲しいものに、花がしぼんでいくみたいに生気が失われていくのを俺は眺めていたよ。何だよ、ずっと姫の側にいて姫を支え続け、呪いのせいで姫の側に人が寄り付かなくなってからも献身的に支え続けたって。何だよ、その純愛は。俺はとんだピエロじゃねぇか。しかもあの王子、「彼が君を幸せにしてくれるよ」と涙ながらに強がって口にするんだ。聞けば隣で支え続けただけでなく、 ”精霊の妙薬” を手に入れるために活動資金を援助していたのは彼だって言うじゃないか。俺はギルド経由で ”精霊の妙薬” に繋がりそうな依頼を片っ端から請けたわけだが、その資金はほとんど隣国の王子からの出資だった。しかも王子は依頼に金を注ぎ込む中、ちゃんと自国の経済を安定させて魔物に負けない強力な国に仕立て上げた。

 男気でも、経済面でも、身分でも。勝てるわけがねぇんだよ。「僕にとっての報酬は、君がまた幸せに笑ってくれることだから」などと吐かしやがって、そんな状態で、姫を迎え入れるなんて出来る訳がねぇじゃねぇか。

 姫との結婚が王国からの依頼の正当な報酬だとしても、隣国の王子を差し置いてなんて、出来るわけがねぇんだよ。


「まぁだからといって、何の報酬も貰わずに王宮から帰って来る、なんてのは格好をつけすぎましたなぁ長塚殿。少しでも資金を貰っていれば素寒貧になることなど無かったのに」

「うぅぅ、出来るかそんなこと。俺だって、俺だって、姫の笑顔が見たかっただけなんだ……」

「まったく、これだから拗らせた童貞は」

「うぅぅぅ」


 と、これが昨日酒場での俺の醜態の出来事。我ながら顔から火が吹き出すような思いではあるが、同情も少しは思う。

 何せ3年越しの夢が絶たれたのだ。この3年を一心不乱に頑張ってきたのは、洒落ではなかったのだ。


「で、これが朝っぱから俺を笑いにきた理由かい?」

「いえいえ、本題はこれからですぞ」


 そういって朝っぱらから人の寝床へ押しかけてきた吉高くんは、水晶玉を操作して次の映像を再生する。


「しかし、長塚氏。これからどうするんです? 活動資金、と称して随分借金が嵩んでいますが、返す当てはあるんですか?」

「そんなのもう関係ないんだ、吉高くん。俺の人生は、今日、終わったんだ」

「まぁ異世界に召喚された時点で、一度人生は終わったみたいなものですけどね」


 映像の中でグダを巻く俺を尻目に、吉高くんが何やらごそごそと書類を用意している。


「こんなこともあろうかと、長塚くんの借金は一本化していたんですよ、ささ、ここにサインをしてくださいな」

「何だよ、サインって」

「簡単な契約書ですよ。長塚くんにとって悪い話ではないですから」


 たらりと冷や汗が垂れる。

 吉高くんはにやにやと笑っている。

 水晶玉に映し出されている酔いつぶれた俺は、何の疑いもなく差し出された書類にサインを書き入れている。


「これがその書類です」


 ひらりと吉高くんが掲げた書類を俺は引ったくる。


「請負、契約書……?」

「えぇ。長塚くんにはたった今から、魔族領での調査任務をお願いすることになりました。期間は3年間、死なないようにがんばって下さいね」

「……吉高くん、俺達、友達だよね?」

「友達、ですぞ。でも、友達でも契約は絶対です」


 ハメられた!

 というか何処かで見た傭兵部隊入隊書と同じ流れだな、古典的な手法を使いやがって。

 吉高くんは、俺と同じく勇者召喚に巻き込まれて以来の友人で、この3年間苦楽を共にした仲だった。彼のチートは ”悪魔は契約を違えない” というもの。彼と結ぶ契約は絶対的な権能として破ることが出来ない。

 この異世界で、悪徳商人として活躍する現代人の一人なのだった。まぁだからこそ、色々とぶっちゃけて話すことが出来、際どい品物や情報を彼経由で仕入れることが出来たんだけどさ。


「まぁ、まぁ。傷心旅行だと思って」

「何処の世界に傷心旅行で命の危険がある土地へ行く奴が居るんだよ、それも3年間って」

「この世界に命の危険が無い場所なんてある訳ないでしょうに」

「それはそうだけどさぁ」


 先程から力いっぱいに、この手にある契約書を破り捨ててやろうとしているのに一向に敗れる気配がない。

 悲しいことに、どうあってもこの状況を受け入れるしか無いようだった。


「まぁ長塚くん。借金取りに追われて、A級ダンジョンを幾つも踏破して回るより、行ったことのない土地を巡る旅の方が牧歌的でいいではないですか?」

「いやだからね、魔族領全土がA級危険地帯なんだよぉ」


 事ここに至っては、俺に選択肢なんてものはなかった。

 異世界に来て3年間。呪われた姫君を助け出し、姫君と婚姻を果たすという夢に破れ、俺は危険地帯への調査任務に強制的に向かわされることになった。

 異世界、と言っても結局は現実の続きで。

 夢も希望もない、クソみたいな現実が俺の現実なのだった。


「あ、長塚くん。現地ガイドとしてとびっきりの美女をガイドとして雇いましたよ」

「マジで! 吉高くん、やっぱり君は俺の最高の友達だよ!」

「長塚くんはいちいち大げさですなぁ」


 訂正。やっぱり異世界っていう場所は、夢とロマンに溢れた場所らしい。

 そして俺の人生の第二章が始まるのであった。


 

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