第五章 演劇集団クワガタは本番前夜
稽古場では、通し稽古が続いた。UFOセットはようやく安定し、五段階の動きもスムーズになった。
円盤の縁に当たる光は、僕が何度も調整したおかげで、飛び立つ形になった。
大崎さんは、その光を見て「ええなぁ、克久。これ、ほんまに飛ぶで」と満足そうに言い、黒川舞監は「途中壊れへんかったらな」とぼそりと返した。
「あと、亮がつまづかへんかったら」
「亮、今日から御所走るん、もも上げでな。足あげてこ! 晩飯に天一の餃子つけるわ」
「俺だけっすか? 田中がやるならやりまっす」
「そんなん言うたら僕、本気出しますよ」
「御所もも上げランニング五週」
「七周やります!」
「嘘っこなしやで」
「ほな餃子ふた皿ください! 約束っすよ」
「行くでー」
新緑が黒々とした夕暮れのなか、ふたりで御所まで競うように走り、太ももをパンパンにして戻ってきた。
••✼••
リハーサルの日。紗奈の独白は、見違えるほど深くなっていた。
なぜか日高だけは違和感をはらんでいた。紗奈を見つめる眼の焦点が合っていない。彼は時折円盤の影に立ち、しばらく動かなかった。
僕が着替えをしていると、日高がぽつりと言った。
「……紗奈、変わるで」
「そら主役やもんな」
「それだけやない」
本番前夜、劇団員は全員で劇場に集まり、最後の確認をした。
舞台美術は固定され、音響はレベルを調整し、僕は照明卓の前でフェーダーをひとつずつ動かした。
今日は、四回生の先輩たちも見学に来ている。
「照明、しめてころしたかー?」
「は? しめ殺すって?」
亮があたふたした。
「ちゃうちゃう。一台ずつ締めて、殺す」
「あ。しっかり止めて、外れないようにするんやな」
「そうそう」
「大丈夫っす」
紗奈は舞台袖で台本を握りしめていた。
全てのセリフは皆、頭に入っている。千秋が横で「紗奈、大丈夫やって。あんた、もう十分やれてる」と言い、紗奈は小さく頷いた。
「……千秋さーん、明日、ちゃんとできるかな」
「できるに決まっとるやん。あんた、ここまで来たんやで」
紗奈は深く息を吸い、ゆっくり吐いた。その横顔は、初めて稽古場に来たときの儚さとは違っていた。
光は、役者の変化を隠せない。紗奈は変わった。強くなった。
劇場の照明を落とし、最後の暗転を確認したとき、僕はふと気づいた。暗闇の中で、UFOセットの縁が、かすかに光っていた。蓄光テープがあちこちに貼られ、暗闇でも誰もぶつからない。
本番は明日。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます