旭日は沈まず
@No_Zero_No_Life
プロローグ『栄光は沈まず』
昭和四十年(1965年)十月二十一日。
秋晴れの空の下、東京・代々木に新設された国立競技場には、万雷の拍手が鳴り響いていた。
アジア初となる「東京オリンピック」の開会式。五色の輪が秋空に描かれる中、メインポールに掲げられているのは、日の丸ではない。
それは、黄金の旭光を放つ**「大東亜共栄圏」**の統一旗であった。
貴賓席に座る老境の東條英機(かつての戦時宰相、現在は大政翼賛会名誉総裁)は、目を細めて眼下の行進を眺めていた。
行進の先頭を行くのは、日本軍の先導を伴った「中華連邦」の選手団だ。かつて泥沼の抗争を続けた蔣介石の国民政府は、昭和十四年の「南京講和」を経て、今や帝国の最も強固な経済的盟友となっていた。
視線を上げれば、空を舞うのは最新鋭の国産ジェット旅客機「鳳凰」。
この世界の地図において、「日本」という言葉が指す範囲はあまりに広い。
• 北は、日独伊防共協定に基づき割譲された北緯五十度以北のシベリア沿海州。
• 西は、蒋介石政権との共同統治下にある大陸全土。
• 南は、旧蘭印(インドネシア)の油田地帯から、旧豪州北部に至るまでの広大な資源供給圏。
「閣下、ベルリンより祝電が届いております」
側近が差し出した電文の主は、欧州の覇者、ドイツ第三帝国の後継者であった。
かつての同盟国は、今やインド洋を境界線として世界を二分する冷戦のライバルだ。あの日、ミッドウェー海戦での辛勝と、それに続く米本土西海岸への「限定空襲」による電撃的な講和(サンフランシスコ条約)がなければ、この光景はあり得なかっただろう。
東京の街並みは、高層ビルが立ち並び、テレビジョン放送が一般家庭に普及している。
しかし、その繁栄は「平和」の上にだけ築かれたものではない。
帝国の治安維持法はさらに強化され、不逞鮮人や共産主義者とレッテルを貼られた人々は、今も大陸の開拓地や南洋の鉱山で「更生」を強いられている。内地の華やかさの裏で、憲兵隊の影は依然として市民の日常に溶け込んでいた。
東條は、膝の上に置かれた古い軍帽を撫でた。
「勝てば、すべてが正義になる……か」
老宰相の呟きは、熱狂する観衆の声にかき消された。
これは、一億一心を叫び、破滅の淵で「賭け」に勝ち続けてしまった帝国の、黄金色の悪夢の記録である。
旭日は沈まず @No_Zero_No_Life
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。旭日は沈まずの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます