最愛の王女を殺されたので、敵国を滅ぼして消滅しました。~気がつけば過去に戻っていたので、二度目の人生は彼女を全力で溺愛して、邪魔する奴らは秒殺します~
@Shizuki_Meguru
プロローグ:銀の鈴が鳴り止む時
雨の匂いがする日は、古傷が疼く。体のものではない。魂にこびりついた、決して癒えることのない傷だ。
俺の名前はシリウス。 親の顔も知らない孤児だった俺は、泥水を啜り、這いつくばって生きてきた。 世界は灰色で、冷たく、不条理に満ちていた。 あの日、彼女が現れるまでは。
「あなたが、一番強い目をしていました」
八歳の俺の手を引いたのは、二つ年上の王女、リリアーナ様だった。 彼女は泥まみれの俺を少しも厭わず、絹のハンカチで俺の頬を拭った。その瞬間の温もりと、甘い花の香りを、俺は生涯忘れることはないだろう。 彼女は俺に剣を与え、知識を与え、そして何より「生きる意味」を与えてくれた。
「シリウス、強くなりなさい。そしていつか、私の剣になって」
その約束だけが、俺の骨肉となった。 必死に剣を振り、血を吐くような魔導の訓練に耐えた。周囲が天才と持て囃そうが、俺の目にはリリアーナ様の背中しか映っていなかった。 十六歳で王国最強の騎士となり、十八歳で至高の魔導士と呼ばれ、数多の戦場で勝利をもたらした。爵位が上がり、男爵、子爵、伯爵となっても、俺の望みはただ一つ。 彼女の隣に立っても恥じない男になること。ただ、それだけだった。
だが、運命はあまりにも残酷だった。
「俺、辺境伯になったよ」
二十歳を迎えた春。俺は帝国と接する最激戦区、辺境伯への叙任を命じられた。 それは名誉なことだが、同時に王都にいるリリアーナ様から最も遠ざかることを意味する。 出発の挨拶に向かった俺に、彼女は寂しげに微笑んで告げた。
「知っているわ。……私も、遠くへ行くのよ、シリウス」
公国への政略結婚。 父王が決めたその縁談を、彼女は国のために受け入れていた。 ふと視線を落とすと、彼女の華奢な足の小指に、銀色の指輪が嵌められているのが見えた。小さな鈴がついたその指輪は、彼女が歩くたびにチリン、と儚い音を立てる。 それはまるで、彼女を政略の道具として縛り付ける鎖の音のように、俺の耳には響いた。
「おめでとうございます、リリアーナ様」
喉から血が出るほどの思いで、俺は嘘を吐いた。 彼女を連れ去って逃げたい。その衝動を、騎士としての理性が必死に押し留める。俺がそれをすれば、彼女は「国を捨てた王女」となり、汚名を着ることになるからだ。
「元気でね、シリウス」
彼女の最後の言葉は、震えていた。 俺は辺境へ向かう馬車の窓から、公国へと飛び立つ彼女の魔導飛行船を見送った。 空は青く澄み渡っていた。 それが、俺が見た彼女の最後の痕跡だった。
***
辺境へ向かう道中、懐の通信魔石が不吉な赤色に明滅したのは、王都を出て三日目のことだった。 報告書の声は、酷くひきつっていた。
『――緊急報告! 公国国境付近にて、リリアーナ王女殿下の乗る魔導飛行船が……撃墜されました』
時間が、止まった。 何を言っているのか理解できない。脳が情報の処理を拒絶する。
『公国軍の待ち伏せです。生存者……なし。遺体は、損傷が激しく……』
「……あぁ」
口から漏れたのは、言葉にもならない呼気だった。 視界が暗転し、心臓が早鐘を打つ。 撃墜? 待ち伏せ? 歓迎されるはずの彼女が?
俺の脳裏に、最悪の想像が奔流となって押し寄せた。 炎に包まれる船内。 逃げ場のない空の上で、彼女はどれほど怖かっただろうか。 熱かっただろうか。痛かっただろうか。 あの優しい瞳を恐怖に見開き、助けを求めて俺の名前を呼んだのではないか。 足元の銀の鈴を、最期までチリンと鳴らしながら、彼女は瓦礫の下で息絶えたのではないか。
「…………許さない」
内臓が焼けただれるほどの怒りが、全身の血を沸騰させる。 公国は、帝国と結託して王国へ宣戦布告をしたという。リリアーナ様の死を、開戦の狼煙(のろし)にしたのだ。 彼女の命を。あの清らかな魂を、薄汚い戦争の道具として使い潰した。
「許さない、許さない、許さない許さない許さない……ッ!!」
俺は馬車を飛び出し、転移魔法で王城へと戻った。 謁見の間。玉座に座る国王陛下は、娘の死に打ちひしがれていた。 俺は陛下の前で跪くこともしなかった。ただ、今まで抑え込んでいた膨大な魔力を、隠そうともせずに解き放つ。 城が、恐怖に震えるように軋んだ。
「陛下。単独での出陣許可を」
これは彼女が愛した王国・その国民である王国兵士の犠牲を減らすための、俺に残された唯一の理性だった。
「シリウス……? その魔力、お前、命を……」
「許可を!!」
国王は涙を流し、力なく頷いた。彼は悟ったのだ。俺がもう、生きて帰るつもりがないことを。
***
国境までの距離を一足飛びに転移した。 眼下には、公国の軍勢五万。 蟻のように蠢くそれらが、リリアーナ様を殺した者たちの同胞だと思うだけで、視界が赤く染まる。
「消えろ」
呪詛と共に放ったのは、戦略級魔法などという生易しいものではない。 俺の生命力を魔力に変換して叩きつける、禁忌の術式。 空が割れた。 燃え盛る隕石群が、雨あられと降り注ぐ。 悲鳴を聞く必要もない。慈悲など欠片もない。 半刻も経たずに、五万の軍勢は蒸発し、公国の城塞都市は地図から消滅した。
次は帝国だ。 公国を唆した黒幕。 反対側の国境へ転移する。細胞が崩壊を始めているが、痛みなど感じない。心に空いた穴の痛みに比べれば、肉体の崩壊など心地よいほどだ。
帝国軍、十五万。 彼らは何が起きたのか理解する間もなかっただろう。 俺は上空から、彼らを見下ろし、最後の魔力を練り上げる。
「リリアーナ様がいない世界に、貴様らが生きていていい道理がない」
解き放たれた光は、帝国の栄光ある歴史の一ページになるはずだった出陣の地を丸ごと呑みこみ、すべてを消し去った。
帝国の首都にある豪華絢爛な城は、飴細工のように溶け、 堅牢な城壁も、豪華な宮殿も、そこに住まう傲慢な王族たちも。 すべてが深さ数百メートルの穴へと変わり、ドロドロに溶けたマグマだけが残った。
***
すべてが終わった後。 俺は、かつて帝国の城があった場所――今はただの巨大なクレーターの縁に立っていた。
敵は消えた。 復讐は果たした。 けれど、リリアーナ様は帰ってこない。
「……あぁ、会いたいな」
魔力を使い果たし、生命の灯火が消えようとしている。 指先から、体が霧のように分解されていくのがわかった。 痛みはない。あるのは、ただ静かな後悔と、彼女への愛おしさだけ。
もっと早く、連れ去っていればよかった。 騎士の忠義など捨てて、ただの男として、彼女を愛せばよかった。
(もし、次があるなら……)
視界が白く霞む。 俺の体は霧となり、風に溶けていく。 最後に耳に残ったのは、あの日の彼女の、銀の鈴の音だった気がした。
(次は必ず、君を守る。君と共に生きる。……平穏な日々のなかで)
世界最強の魔導騎士は、こうして二つの国を滅ぼし、歴史から消滅した。 その魂が、再び彼女と巡り会うための旅に出るとも知らずに。
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