第6話 負け犬の遠吠え
飲み会は、雰囲気のいいバルだった。
「はじめまして。比村淳彦です。
大手外資系でエンジニアのチーフをやってます」
名刺もいらない。
肩書きだけで十分だった。
「えー、すごい!」
「その歳でチーフなんですか?」
女たちの目が、一斉に変わる。
興味、評価、値踏み。
慣れた反応だった。
「俺ら、みんな同じ〇〇で働いてるんだよ!」
秋元も必死に場を盛り上げる。
――そのとき。
(……ん?)
端の席に座る一人の女性だけが、会話に加わらず、
黙ってワインを口にしていた。
(人数合わせで呼ばれた口か)
(最低限、場に合わせろよ)
内心、鼻で笑った。
その瞬間だった。
(……バチッ)
不意に、目が合う。
理由はわからなかった。
ただ、胸の奥が一瞬、ざわついた。
(……なんだ、この感じ)
気づけば、声をかけていた。
「あの……お名前、伺っても?」
自分でも驚くほど、緊張していた。
「花崎真央です」
真央は、こちらを見ることもなく、
グラスの中のワインに視線を落としたまま答えた。
「花崎さんは、どんなお仕事を?」
淳彦が、女に“仕事”を聞くことは珍しかった。
「真央さんは、こう見えて弁護士なんですよ!」
横から別の女が口を挟む。
「“こう見えて”って……」
真央は、くすっと上品に笑った。
「未来ちゃん、私のことそんなふうに思ってたの?」
場の空気が、少しだけ変わる。
淳彦は、なぜか目を離せなかった。
(値踏みしてこない)
(媚びない)
(俺を“見ていない”)
――初めての感覚だった。
(……俺に釣り合う女は、こいつだ)
根拠なんてなかった。
それでも、その確信だけは、妙に強かった。
淳彦の中で、
「選ぶ側」としての欲が、静かに目を覚ました。
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