第4話 負け犬の遠吠え

週末、佳恵と会った。


「淳彦!こっちこっちー!」


人目も気にせず、佳恵は満面の笑みで手を振る。


(はいはい、恥ずかしいやつ)


淳彦は、軽く手を振り返しただけだった。


「今日なに食べに行くー?」


佳恵は当然のように淳彦の腕に絡みつく。


(あー……めんどくさい)


年齢に見合わない、その子供っぽさ。

二十九にもなって、はしゃぐ姿が痛々しく感じられた。


ディナーの最中も、佳恵は終始うるさい。


「んー!美味しい!」

「これ、やっばいね!」


その一つひとつの反応が、淳彦の神経を削っていく。

とても二十九歳の女の振る舞いには見えなかった。


佳恵が御手洗に立った隙に、淳彦は静かに会計を済ませた。

スマートで、無駄のない動き。


「このあとどうするぅー?」


戻ってきた佳恵の目は、期待に満ちていた。


「あー、仕事あるから。ごめん、帰る」


それだけだった。


「は?帰るの?週末なのに?なにそれ!」


佳恵の声が一気に尖る。


「上司に仕事頼まれてるんだよ。社会人ならわかるだろ」


感情を込めることなく、言い放つ。


絡められていた腕を無造作に外し、淳彦はその場を後にした。

振り返ることもない。


(重い女は嫌いなんだよ)


駅へ向かう足取りは軽かった。

自分は間違っていない。

選ぶ権利は、常に自分にある。


そう、信じきっていた。

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