12月5日、恋の大三角!

 灯花が変わった。

 転校生が来てから、灯花は毎日あの子と一緒に帰っている。

 別に、悪いことじゃない。灯花が自分から誰かに関わろうとするのは珍しいし、いいことだと思う。思うけど。


「灯花、最近転校生とよく一緒にいるよね」


 お昼休み、私は何気ない風を装って言った。


「え、そうかな」

「そうだよ。昨日も一昨日も、放課後一緒に帰ってたじゃん」


 灯花は少し考えるような顔をして、それから頷いた。


「同じ火の異才だし、なんか放っておけなくて」

「灯花にしては珍しいよね、自分から誰かに関わるの」


 灯花を見た。灯花は困ったように笑っている。


「そうかな。環さん、話してみると意外と面白いよ。無口だけど、ちゃんと聞いてくれるし」

「へぇ」


 それ以上は言わなかった。言えなかった。

 私だって灯花の話を聞いてる。ずっと聞いてきた。中学生、いや、小学生の頃から、ずっと。

 でも灯花は「環さん」の話をしている。

 胸の奥がざわつく。この感覚にどんな名前がついているのか知っている。でも、認めたくない。


「ねぇねぇ、花輪さんってどんな子なの?」


 彩羽が身を乗り出した。助かった。私が黙っても、彩羽がいれば会話は続く。


「どんな子って言われても……不思議な子、かな」


 灯花が転校生のことを話している。私は黙々と弁当を食べた。


 ◇◇◇


 放課後、灯花は転校生の席に向かった。私は教室の入り口から、それを見ていた。

 灯花が何か言って、転校生が頷いて、二人で教室を出ていく。

 灯花が振り返った。目が合った。

 私はすぐに視線を逸らして、彩羽の方に歩いた。


「さきっち、どしたの?」

「なんでもない」


 なんでもない。なんでもないはずだ。

 灯花が新しい友達を作るのはいいことだ。私がどう思おうと、そんなの関係ない。

 関係ない、はずなのに。

 帰り道、私は一人で歩いた。いつもなら灯花と一緒なのに。


 スマホを取り出して、グループLINEを開く。


『日曜日楽しみ~!! 楽しみだからもう日曜まで寝てていい? zzZ』


 彩羽からのメッセージ。


『私も』


 短く返信した。普段ならツッコミを入れるところかもしれないけど、そういう気分じゃない。

 本当は楽しみなんかじゃない。転校生も来るんでしょう、日曜日。

 5人で出かける。今まで4人だったのに。

 ……私は何を考えてるんだろう。

 灯花の友達が増えるのは、いいことだ。私が口を出すことじゃない。

 わかってる。わかってるのに。

 この胸のざわつきが、消えてくれない。


 ◇◇◇


 転校生の花輪さん、Theミステリアス。

 黒髪ロングで、色白で、無表情で、目が綺麗。灯花と同じ琥珀こはく色。しかも火の異才。身長も灯花と同じくらい。灯花と被りすぎじゃない?

 でも灯花の火と花輪さんの火は全然違った。灯花の火は暖かくて優しい。花輪さんの火は蒼くて綺麗だけど、ちょっと怖い。

 最近、灯花は花輪さんとよく一緒にいる。

 別にいいんだけど。灯花が新しい友達作るの、いいことだし。


「灯花、最近転校生とよく一緒にいるよね」


 さきっちが言った。私も思ってた。


「え、そうかな」


 灯花は首を傾げた。自覚ないんだ。


「同じ火の異才だし、なんか放っておけなくて」


 ふーん。同じ火の異才、ね。

 私は変身能力だから、灯花とは違う。違うけど、それがなんだっていうんだろう。


「ねぇねぇ、花輪さんってどんな子なの? 灯花、いっぱい話してるんでしょ?」


 私は身を乗り出した。気になる。灯花がそんなに構う子、気になる。


「うーん、不思議な子、かな。あんまり自分のこと話さないんだよね。質問しても『遠くから来た』とか『特にない』とかしか言わないの」


 灯花が花輪さんのことを話す。その顔が、なんか楽しそう。


「でも、すごくその通りだな、ってことも言うよ。あと私の火についても褒めてくれた」


 あ、灯花にやけてる。


「灯花、なんかにやけてない?」

「え、にやけてないよ」

「にやけてるって」


 にやけてる。絶対にやけてる。花輪さんの話してる時、灯花の顔が緩んでる。

 もやもや、する。

 私だって灯花のこと褒めてるのに。灯花の火、暖かくていいよねって言ってるのに。まぁからかってるように聞こえてるのかもしれないけど。


「花輪さんも誘う?」


 私は言った。今詩織ねぇが提案した日曜日の買い物。みんなで行くやつ。

 花輪さんのこと、もっと知りたい。灯花がそんなに気になる子、どんな子なのか知りたい。

 敵を知れば百戦危ひゃくせんあやうからず、ってやつ。

 ……敵? まぁいいか。


「聞いてみようか?」


 灯花が言った。


「うん、聞いてみて! 仲良くなりたいし!」


 私は元気よく言った。いつも通りに。いつも通りの七瀬彩羽。

 でも胸の奥がもやもやしてる。

 これは嫉妬だ。


 帰り道、詩織ねぇと一緒に歩いた。さきっちは用事があるって先に帰った。嘘だと思うけど。


「彩羽ちゃん、元気ないわね」

「え、そんなことないよ?」

「そう?」


 詩織ねぇがにこにこ笑う。自分の内面を見せない強い笑顔。でも私だって負けない。


「元気だよ~。日曜日楽しみだな~って考えてただけ」

「そう。ならいいわ」


 詩織ねぇはそれ以上追及してこなかった。私の演技を見破ってるのか、見破ってないのか。詩織ねぇは読めない。

 さきっちは分かりやすい。灯花の話になると声のトーンが変わる。視線が鋭くなる。本人は隠してるつもりだろうけど、バレバレだ。

 詩織ねぇは違う。いつもにこにこ笑ってる。何を考えてるか分からない。でもきっと、私と同じものを抱えてる。さきっちとも、同じものを。

 私たちは、みんな灯花を見てる。


「詩織ねぇ」

「なぁに?」

「花輪さんってさ、どう思う?」

「そうねぇ……不思議な子よね。静かだけど、どこか惹かれるものがあるわ」


 惹かれる、か。

 灯花もきっと惹かれてる。花輪さんに。


「灯花がさ、あんなに誰かに自分から関わるの珍しいよね」

「そうねぇ」

「いいことだと思う?」

「灯花ちゃんが楽しそうなら、いいことだと思うわ」


 詩織ねぇはにっこり笑った。完璧な笑顔。私も同じ笑顔を返した。

 私たちは、お互いに何も言わなかった。

 言わなくても分かってる。分かってるけど、言葉にはしない。

 家に帰って、部屋の鏡の前に立った。

 変身を解く。「素」の自分に戻る。

 鏡に映る顔。いつもみんなに見せてる顔とは違う顔。


「……嫉妬、かぁ」


 声に出して言ってみた。

 嫉妬してる。私は灯花に嫉妬してる。違う、灯花と一緒にいる花輪さんに嫉妬してる。

 なんで?

 答えは分かってる。

 私は鏡の中の自分を見つめた。演技も変身も関係ない、本当の自分。

 灯花の前でだけは、本当の自分でいたいと思ってた。

 灯花は「全部好き」って言ってくれたから。変身してても、してなくても、全部彩羽ちゃんだって。

 なのに私は、灯花の前でも演技してる。嫉妬を隠して、いつも通りの七瀬彩羽を演じてる。


「……ダサいなぁ」


 鏡の中の自分に向かって呟いた。

 日曜日、5人で買い物。楽しみにしなきゃ。楽しそうにしなきゃ。

 それが七瀬彩羽の役だから。

 グループLINEを開いて、メッセージを打った。


『日曜日楽しみ~!! 楽しみだからもう日曜まで寝てていい? zzZ』


 送信。完璧。いつも通りの彩羽。

 私は変身を元に戻して、ベッドに倒れ込んだ。

 嫉妬なんて、灯花には見せない。

 だってそんなの、かっこ悪いから。


 ◇◇◇


 私は物語を知っている。

 たくさんの物語を読んできた。恋の物語、友情の物語、別れの物語、出会いの物語。

 だから私にはなんとなくわかる。今、目の前で紡がれようとしている物語の構造が。

 灯花ちゃんが変わり始めている。

 転校生の花輪さん。蒼い火を持つ、静かな少女。彼女が現れてから、灯花ちゃんの瞳に新しい光が宿った。

 お昼休み、灯花ちゃんは花輪さんの話をする。その声は弾んでいて、頬はほんのり上気している。


「でも、すごくその通りだな、ってことも言うよ。あと私の火についても褒めてくれた」


 灯花ちゃんが語る花輪さんの言葉。それを聞きながら、私の胸に小さな棘が刺さる。

 私は灯花ちゃんに、たくさんの言葉を贈ってきた。落ち込んでいる時に本の一節を教えたり、灯花ちゃんの火を「優しい」と言ったり。

 でも灯花ちゃんが今、嬉しそうに語るのは、花輪さんの言葉だ。


「灯花ちゃんが楽しそうなのはいいことよね」


 私は微笑んだ。いつものように。

 これは本当のことだ。灯花ちゃんが楽しそうなのは、嬉しい。灯花ちゃんの笑顔は、私にとって何よりも大切なものだから。

 でも同時に、胸の奥が軋んでいる。

 主人公が想い人を誰かに奪われそうになる時の、あの苦しみ。

 私は物語の外にいたはずだった。物語を読む側、眺める側。登場人物たちの感情を、安全な場所から見守る側。

 なのに今、私は物語の中にいる。

 灯花ちゃんという光を中心に回る、いくつもの惑星の一つとして。

 放課後、灯花ちゃんは花輪さんと一緒に帰っていった。私は下駄箱で、その背中を見送った。


「灯花ちゃん」


 声をかけたのは、意味などなかった。ただ、一言でも言葉を交わしたかっただけ。


「花輪さんと仲良くなれてよかったわね」


 灯花ちゃんは嬉しそうに頷いた。


「灯花ちゃんが楽しそうで、私も嬉しいわ」


 私は灯花ちゃんの頭を撫でた。柔らかい髪。暖かい体温。

 この温もりを、私はいつまで感じていられるのだろう。

 灯花ちゃんが去った後、私は彩羽ちゃんと一緒に帰ることにした。早紀ちゃんは用事があると言って先に帰った。嘘だということは、すぐに分かった。早紀ちゃんは嘘や演技が下手だから。

 彩羽ちゃんは違う。彩羽ちゃんの演技は完璧だ。でも、完璧すぎるがゆえに、私には見える。


「彩羽ちゃん、元気ないわね」


 試しに声をかけてみた。


「え、そんなことないよ?」


 彩羽ちゃんは笑顔で答えた。いつも通りの、明るい笑顔。


「そう?」


 私もにこにこと笑い返した。


「元気だよ~。日曜日楽しみだな~って考えてただけ」


 彩羽ちゃんの声は弾んでいる。表情も明るい。完璧な演技。

 でも、分かる。同じものを抱えている者同士だから。

 彩羽ちゃんも、きっと胸の奥で何かを隠している。私と同じように。


「そう。ならいいわ」


 私はそれ以上追及しなかった。彩羽ちゃんの仮面を剥がす権利は、私にはない。だって私も、同じ仮面を被っているのだから。


「詩織ねぇ」

「なぁに?」

「花輪さんってさ、どう思う?」


 彩羽ちゃんの問いかけ。その声には、隠しきれない何かが滲んでいた。


「そうねぇ……不思議な子よね。静かだけど、どこか惹かれるものがあるわ」


 惹かれる。その言葉を口にした瞬間、胸が痛んだ。

 灯花ちゃんも、惹かれている。花輪さんに。


「灯花がさ、あんなに誰かに自分から関わるの珍しいよね」


 彩羽ちゃんが言った。その声は軽い。


「そうねぇ」


 私は相槌を打った。


「いいことだと思う?」


 彩羽ちゃんの問い。その言葉の裏にある本当の問いを、私は理解している。

 私たちは、灯花ちゃんにとって何なのか。花輪さんが現れた今、私たちの居場所はどこにあるのか。


「灯花ちゃんが楽しそうなら、いいことだと思うわ」


 私はにっこりと笑った。完璧な笑顔。彩羽ちゃんも同じ笑顔を返した。

 二人の仮面が、向かい合っている。

 私たちは、お互いに何も言わなかった。言わなくても分かっている。分かっているけど、言葉にはしない。

 言葉にしてしまったら、この均衡が崩れてしまうから。

 彩羽ちゃんと別れて、一人で帰り道を歩いた。冬の風が頬を撫でる。

 物語の中では、恋敵こいがたきたちは争い合う。互いを出し抜こうとし、想い人の心を奪い合う。

 でも私たちは違う。

 私も、早紀ちゃんも、彩羽ちゃんも、灯花ちゃんのことが大切だ。灯花ちゃんの幸せを願っている。

 だからこそ、争えない。争いたくない。

 灯花ちゃんが誰かを選んでも、私たちは友達でいたい。四人のままでいたい。

 いや、今は五人か。

 家に帰って、本を開いた。いつもの逃避。物語の中に潜ることで、現実の痛みから目を逸らす。

 でも今日は、文字が頭に入ってこなかった。

 頁をめくる手が止まる。

 灯花ちゃんの笑顔が浮かぶ。花輪さんの話をしている時の、あの嬉しそうな顔。

 彩羽ちゃんの完璧な笑顔が浮かぶ。その奥に隠された、私と同じ痛み。

 早紀ちゃんの鋭い目が浮かぶ。隠しきれない苛立ちと、寂しさ。

 私たちはみんな、同じ人を想っている。

 でも誰も、その想いを口にしない。

 胸が痛い。

 この痛みを、私は知っている。


 恋。


 そう呼ぶのだと、知っている。

 私は本を閉じて、天井を見上げた。

 日曜日、5人で買い物に行く。灯花ちゃんと、早紀ちゃんと、彩羽ちゃんと、そして花輪さんと。

 4人だった物語に、新しい登場人物が加わった。

 これから、どんな物語が紡がれるのだろう。

 私はその物語を、どんな役で生きていくのだろう。

 窓の外、星が瞬いている。

 冬の星座。変わらない光。

 でも私たちは変わっていく。物語は進んでいく。

 灯花ちゃん。

 あなたのことが、好きです。

 この想いを、私はまだ言葉にできない。

 でもいつか――いつか、私の言葉で。

 本の中の言葉ではなく、私自身の言葉で。

 そう思いながら、私は目を閉じた。

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また明日! ~転校生の彼女は私と同じ炎使いでした~ ヅレツレ愚者 @Dureturegusya

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