崩壊世界 ~借金まみれの聖剣使いと、月額百万のメイド~

@shaah-

第1話 その負債は神話級、その冒険者は鉄屑級

 「古代文明の叡智」なんてものは、結局のところ、後世の人類を困らせるために残された悪質なジョークに過ぎない。


 かつてこのラルウォガ大陸に君臨した高度文明は、理操作ロゴス・コントロールという神の禁忌に触れた。


 魔力、重力、時間、記憶。あらゆる根源法則をコードのように書き換え、世界を粘土細工のように捏ね繰り回し、理想郷を築こうとしたのだ。


 しかし、千年前、その傲慢さは限界を迎えた。全システムがオーバーフローを起こし、一夜にして世界のことわりは崩壊し、物理法則はバグだらけになった。


 重力が逆転し、空に向かって樹木が伸びる「逆さまの森」。歩くたびに一分前の自分の残像とぶつかる「リフレイン街道」といった異常地帯が大陸には点在している。


 かつての便利な家電や超兵器は暴走し、野生動物と融合してはレーザーを吐く鳩や無限増殖する巨大ハムスターといった、人類にとって厄介な「魔獣バグ・モンスター」を生み出し続けている。


 人類は、この仕様の壊れた世界を呪いながらも、文明の遺産の中に眠る秘宝「レガシー」を求めて、今日も遺跡へと潜る。そして、この崩壊した世界の荒野で、最も尊敬され、かつ最も命の軽い職業が遺産回収ギルド「サルベージ・ジャンクション」に所属するハンターたちである。


「……おいポリー、もう一度だけ聞く。今回の依頼クエストは安全な探索だったよな?」


 地上三百メートル。浮遊遺跡「ラルウォガ・ショッピングモール」の外壁にしがみつきながら、|ZJ(ジィージェイ)は引き攣った声で尋ねた。


「ええ、ギルドの資料によればね。難易度は最低ランクの一つ上の『D』……あ、そのまま動かないで。今、あんたの右耳のすぐ横を、一分遅れの『突風』が通過するわよ」


 背後に浮く足場に立つ相棒、ポリーは高性能ゴーグルをピピッと操作し、平然と告げた。


 直後、何もない空間からゴォォォ! と暴風が吹き荒れる。


「うおぉぉぉ! 落ちるー! 助けてくれー!」


 ZJは、ボロボロのハンターコートを風になびかせながら、ポリーの助けをかりて、なんとか安全な床へと転がり込んだ。


 彼はサルベージ・ジャンクションにおける最低ランクの一つ上、「鉄屑級スクラップクラス」のハンターだ。自称、最上位の「神話級ミソロジークラスの器」だが、現実は厳しい。


「大体、なんでこんな危険な浮遊遺跡まで来なきゃいけないんだ。地上で古代のネジでも拾ってりゃいいだろ」


「文句を言わない。あんたが去年の『エネルギー貯蔵庫爆発事件』で背負った負債、忘れたわけじゃないわよね?」


 ポリーがゴーグルの縁を弾くと、ZJの視界に真っ赤なデジタル数字が投影された。


【現在の推定総負債額:10,450,000ゴールド】


「一千四十五万……おい、朝より増えてねぇか!?」


「利子よ。それに、今の風を避けるために私が使った解析チップの消耗分もね。さあ、さっさと行くわよ。今回のターゲットは、このフロアの奥に眠る『高純度魔力バッテリー』。それ一つで、あんたの借金も……五分の一くらいは減るかもね」


 ポリーは「空間収納バッグ」に手を突っ込んだ。彼女は魔導技師であり、遺跡のバグを読み解く鑑定士だ。


 彼女がバッグから取り出したのは、演算チップの破片。これが現代魔法の触媒プラグインである。


 現代人は退化した魔力を、こうしたレガシーに流し込むことで、無理やり現象を増幅ブーストさせて使用する。


「……行くわよ。この先、バグ・モンスターの反応があるわ」


 なんとか入り込んだモールの内部は、かつての繁栄を嘲笑うかのような光景だった。


「本日、全品九割引き!」というホログラムの看板が点滅しているが、その下を歩いているのは、首が三つある上に、なぜか常にメトロノームのような音を立てて歩く「メトロ・ハイエナ」の群れだ。


「ギギッ、カチッ、ギギィ!」


「ヘッ、あんなふざけた連中、俺の聖剣にかかれば一瞬だぜ!」


 ZJは不敵に笑い、腰のベルトから「光子駆動剣の柄」を抜き放った。


「ポリー、解析を!」


「右から二番目の個体、心臓の鼓動と時計の針が同期する瞬間を狙って!」


「よし……ブースト・オン!!」


 ZJが柄に自らの微弱な魔力を叩き込む。かつての聖剣ならば、一振りでビルを両断する光の刃が伸びるはずだ。


シュンッ。


 現れたのは、わずか五センチの、ロウソクの火のような光だった。


「……え、短っ!?」


「何やってるのよ! 出力が千分の一も出てないわよ!」


「わ、わかってるよ!  これはあえてリーチを絞って威力を高めた『一点突破モード』なんだよ!」


 ZJは強がると、五センチの光の刃を構えて突進した。ハイエナが加速しようとした瞬間、ポリーの指示したタイミングで刃を突き立てる。


 バチィッ! と乾いた音を立てて、ハイエナは火花を散らしながら消失した。


「見たか! これが神話級……の器、ZJ様の力だ!」


「はいはい、その五センチのつまようじを早く仕舞って。奥にすごい反応があるわ」


 二人がたどり着いたのは、モールの最奥にあるVIP専用・自動生活体験コーナーだった。


 そこには、周囲のバグを一切拒絶するように、完璧な保存状態で置かれた一つのポッドがあり、中には、一人の少女が眠っていた。


 艶やかな黒髪のおカッパ、メイド服を模した白と黒の装甲。そして、閉ざされたまぶたの奥に、高度な知性を感じさせる静謐さ。


「……これ……人間なのか?」


「……いいえ、これはおそらく自律型のアンドロイド。千年前にロゴス・コントロール補助、セキュリティ、家事代行を完璧にこなすために作られた『HK(ハウスキーパー)シリーズ』の最新、最上級モデルよ!」


 ポリーのゴーグルが激しく点滅し、エラーを吐き出す。


「市場価値……測定不能。ZJ、これ一体あれば、あんたの借金なんて軽く完済できるわ!」


「マジかよ! よっしゃああ! ついに俺の時代が来たぜ!」


 ZJは歓喜し、ポッドの横にある非常用起動レバーを思い切り引き抜いた。


「あ、待ってZJ! 外部認証の設定がまだ――」


プシューッ!


 激しい魔力蒸気が溢れ出し、ポッドのガラスがスライドする。


 ゆっくりと、少女の瞳が開いた。


 その瞳は、吸い込まれるような、それでいてどこか冷酷さを感じさせる鮮やかな青だった。彼女は視線を数回動かし、鼻息を荒くして自分を覗き込むZJと、その後ろで青ざめているポリーを捉えた。


「……システム起動。外部魔力を検知。キャッシュをクリアしました」


 少女の声は、まるでオルゴールのような美しい音色だった。が、その直後に続いた言葉は、いかなる魔獣の咆哮よりも鋭く、ZJとポリーの心を抉った。


「……起動直後のスキャンを終了しました。おはようございます。ご主人様……と言いたいところですが、私のスキャンによると、目の前にいるのは、個体名:ZJ、知能指数が著しく欠如した単細胞生物と、個体名:ポリー、依頼はいつも失敗、報酬もいつも赤字で血尿が出そうなほど困窮している下等生物ですね。ゴミ捨て場の清掃依頼ですか? それとも、貴方たち自身が処分を待つ粗大ゴミですか?」


「………………は?」


 ZJの顔から、勝利の笑みが凍りついたまま剥がれ落ちた。


「ポリー。これ、壊れてるな。バグって言葉遣いがおかしくなってやがる」


「いいえ……残念ながら、彼女の言語中枢は完璧に動作しているわ……っていうかZJ、私のゴーグルが新しい項目を表示し始めたわよ」


 ポリーが震える指で自分のゴーグルを指差す。


【HK-05維持費:HK-05専用・高純度魔力オイル代】

【月額:1,000,000ゴールド】


「ひ、百万……?」


「ご理解いただけましたか? 粗大ゴミのお二方」


 少女型アンドロイドは優雅にスカートの裾を持ち上げ、完璧なカーテシーを見せた。


「改めまして、私の名前はHK-05:モデル・ロザーラ。今日から貴方たちの主人……こほん、失礼。メイドとして同行いたします。まずはその五センチのつまようじを片付けていただけますか? 視覚的な汚物は大変不愉快ですので」


 ZJの、借金額を更新する絶叫が、ショッピングモールの静寂を切り裂いた。

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