アラサー腐女子の不純な妄想

@punipuni_0123

第1話

汗の匂いがする。

彼はきっと運動をしているのだろう、と私は思う。

直接見たわけでもないのに、そう確信できるのは不思議だ。空気に残る微かな気配が、私の視線を引き寄せる。想像の中で、滴る雫がゆっくりと落ちていく。


好きな人の匂いに包まれたい、という衝動は、ときどき理性の縁を越えそうになる。越えてはいけないと分かっているから、私は遠回りを選ぶ。直接触れる代わりに、残されたものに手を伸ばす。

――それは、私なりの節度だった。


吸い込んだ瞬間、胸の奥がきゅっと縮む。

汗と、生活の匂い。清潔さとは別の、人が生きている証のような匂い。そこに彼の存在が、かすかに重なって感じられる。走る姿、乱れる呼吸、夜の空気。想像は次々と連なり、止まらない。


「全部、愛したい」


そう思ってしまう自分に、少し笑ってしまう。

綺麗なところだけでなく、曖昧で、言葉にしづらい部分まで含めて――それが本当の好意なのかもしれない。


彼はいない。

それでも、気配はここにある。


私は目を閉じる。

身体の内側に静かな熱が集まり、思考がゆっくりと溶けていく。指先が無意識に動きそうになるのを、深呼吸でなだめる。急がなくていい。想像は、触れなくても十分に深い。


ふと、思いつく。

彼の残り香に身を預けることができたなら、ほんの一瞬だけでも、距離は縮まるのではないか、と。


その考えに身を委ねた途端、世界が柔らかく歪む。

布越しに伝わる温度。自分の鼓動が、やけに大きく聞こえる。


もう、限界は近い。

言葉にならない吐息が、夜に溶けていく。


彼はいない。

それでも私は、確かにひとりではなかった。

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