第四話
着々と進む小国城攻め戦支度の中、義姫一家が山形城に到着した。
「――というワケで、帰省というか遊びに来ましたー。お兄ちゃん久しぶりー。守棟も相変わらず大変そうですねー。こんな当主で気苦労が絶えないでしょうにー。へこたれず頑張って下さいねー」
もう立派な大人ではあるが、小柄で童顔なこともあり、愛くるしさは幼かった頃の面影を残したままの義姫。だが、放つ圧はその頃の比ではなく、言葉尻にもそれは現れる。
山形城の城主はもちろん最上家当主の義光であり、一番の権力者なのは間違いない。しかし、義姫が帰省したとなると暗黙の了解でヒエラルキーは逆転するのだ。
当の義光はといえば、この状況を悪く思うどころか好んで楽しんでいる様子。温かい目で家臣とのやり取りを見守っている。
「ははっ! 姫様のご命令とあらばこの守棟、命尽きるまで殿に忠義を誓いましょうぞ! ご安心下され。流石にもう慣れたもんです! がははははっ!」
「ちょ、守棟ぇー? お前の主、ワシよワシー?」
大声で笑いながらチラチラと義光に視線を配る守棟。
なにやら面倒臭い事になりそうだとでも思ったのか、急に真面目な表情に戻り「では」と一礼し足早に立ち去っていった。
「あっ、おい……。まったく、つれない奴だなー。あいつ、最近ワシのあしらい方が随分と上手くなっちゃってさー」
「あはははっ! よっちゃんは全然変わんないね。相変わらずじゃん。久しぶり、遊びに来たよー。んで、こいつが倅の
義光を「よっちゃん」と呼ぶ男。義姫の旦那で名を
義光の義弟にあたる。
「おお、マジでデカくなったな! ワシがむっちゃんの城に遊びに行った時は、まだ生まれたばっかだったもんなー! いやー、むっちゃんそっくりのイケメンじゃーん!」
義光の温かい受入れの言葉に照れながらも、父である輝宗から幼名で紹介されたことが不満だったのか声を上げる少年。
「ちょ! 父上! 俺にはもう藤次郎政宗という立派な名があります! それに、先日は伊具郡で相馬氏との戦で初陣にも出ました。いつまでも子供扱いしてくれるなと、言ったばかりだと思いますが!?」
右眼に瘢痕を残した美丈夫な少年は、一度咳払いをして体勢を整える。
「幼子の頃に一度お会いしたとの事ですが、何分、幼すぎたゆえ記憶にございません。父上、母上、そして家臣。皆のおかげで、こうして会話をさせて頂くまでに成長することが出来ました。改めて、お初にお目に掛かります、叔父上殿。どうぞ政宗とお呼び下さい」
しっかりとした挨拶は勿論、胡坐をかき両拳を床に付け頭を下げる姿は、まだ幼さは残るものの堂に入っている。
「あらあらー、テンちゃんも随分と立派になっちゃいましたねー」
余程可愛がっているのだろう。最上家当主、伊達家当主の目の前で、一切お構いなく我が子をハグし頬擦りし、これでもかと愛でる義姫。
「ちょ、母上! 人前では止めて下さいとあれほど……むぐっ!」
藻掻く政宗だが、義姫のハグから抜け出せない様子。
それも当然、曲がりなりにも「出羽の鬼姫」という二つ名持ちである。
「いいねぇー、元気が良くて何よりだ! よろしくなー政宗。ワシの事は好きに呼んでくれていいぞー! んで、むっちゃん。久しぶりー!」
「よっちゃんも元気そうで何よりだよ。しばらく世話になるから、よろしく頼むねー」
昔はなんだかんだあった両家だが、義姫が間に入った事で急激に距離が縮まった。付き合い始めてみるとこれまた馬が合う。今じゃ本当の兄弟以上という仲の良さだ。
「是非ゆっくりして行ってくれーって言いたいとこなんだけど。明後日には行くぜー、細川んとこの小国城攻めー。このタイミングでこっちに来るって事はさー、ワシの戦を見せたいって事だよな。政宗に」
義姫が六つの時に伊達家に嫁いで以来、久方振りの里帰りでリフレッシュというのも本音だろうが、後学の為、政宗に伊達家以外の戦を学ばせるのが本命。裏表なく、素直にその予想を口にした義光。
「あはははっ! やっぱバレるかー、いや流石。話が早くて助かるよ」
肩を揺らしながら悪い笑みで通じ合う二人の当主。
「……で『ガチの戦』と『戦わない戦』、それと『楽しい戦』。むっちゃんのオーダーは?」
「えっ、オーダーいいの? 遠慮なしで言っちゃうよ? そこはもちろん全部乗せで」
「……オーケー、そうこなくっちゃーウソだよなぁー! むっちゃんはホント正直で控え目に言っても最の高っ! いいねぇー、面白くなってきたぁー!」
やり取りを隣で見ていた義姫は、やれやれといった表情で呆れかえる。
「ちょっとー? お兄ちゃんまた悪いこと企んでるでしょー!」
「いやいやー、可愛い甥っ子の為にワシなりの戦ってもんをどう教えたもんかなーって、むっちゃんとちょっと相談をなー」
「そうそう、政宗には強くなってもらわないといけないからね」
大人が体裁のいい事を言う時は、決まって隠し事や悪い事を企んでいる時だ。総じて悪い大人と言える。
「テンちゃん。パパやお兄ちゃんみたいな悪い大人になったらダメですからねー?」
一体どういう事なのか、理解が追い付いていない政宗を置いてけぼりに、二人の悪巧みは進んでいくのだった。
「なっ! 儂にも戦に出ろと!? ですが、この度の総大将は蔵増の光忠ではなかったですか? ……はっ! まさか殿は、儂に光忠の下に付き戦に赴けと、そう申しているのですかっ!?」
出陣の前日、義光に呼び出された氏家守棟。
最上義光の懐刀と呼ばれるまでになった自分が、蔵増光義の長男で、まだまだ若造である光忠の補佐に付けと命じられたのかと思い、突然告げられた寝耳に水のような命令に慌てた。
「殿っ! いくら自分と名前が似てるからって、ちょっとそれは甘やかし過ぎって言うか、流石に過保護ってもんでしょ!? 義守様の頃から長い事仕えておりますけどね、いやー、これは引くわー。引かない理由がないわー。えこひいきな感がすごいするわー」
「違う違う。そうじゃ、そうじゃなぁーい。まあ聞け。今回の戦とは別に、守棟には兵を五〇〇預ける。それを率いて、光忠の小国城攻めについて行くワシらについて来いって意味で言ったー。悪いようにはしないからさぁー、一緒に行こうぜぇー。なぁ守棟ぇー」
「いやいや、言ってる意味が分かりませんて! 小国城攻めをする光忠について行く殿達について行くって。ややこしい上にそんなの実質的に戦に参戦しろって事でしょーが!? 儂もいい加減学びましたから? 殿の『悪いようにはしない』って言うそれっ! そういうの、絶対悪いようにしようとしてる悪い大人が言うやつー! 騙されたりしませんぞー!」
どうしても同行させたい義光と、毎度毎度、殿の我儘になど付き合っていられるかと、なんとかお役目を回避したい守棟。
わちゃわちゃと揉み合う二人を「日常の出来事」と見守る義姫だが、見ているのも面倒臭くなったのか、口を挟まずにはいられなくなり「フンっ」と鼻息ひとつ鳴らす。
「あらー? それでいいんですか守棟ぇー? 一緒に来てもらわないと、もれなく私が困る事になるんですよー? なんなら伊達家の私が最上家の兵五〇〇を率いて行くことになっちゃったりー? 後々、守棟があの時断ったからーなんて知れたらどうなると思いますー? そんな面倒なのはイヤですよねー? それでもいいと言うなら仕方がありませんねー、分かりました。私が兵を率いて同行するしか無いようですねー。先日の『命尽きるまで殿に忠義を誓いましょう』は嘘でしたかー。そうですかー。残念ですー」
一ミリもそんな事を思っていないだろうバレバレの素振りで、守棟に弁解の隙を与える間もなく矢継ぎ早に詰める義姫。
自分には始めから逃げ場などなかったのだと悟った守棟は、してやられたという表情で悔しがりながらも渋々と承知するしか答えを知らなかった。
「ああもうっ! 殿がアレだから姫様までコレだよっ!」
「マジで悪いようにはしねーから、一緒に行こうぜー守棟ぇ。お前が必要なんだよ」
笑いながら答える義光の目の奥には、既に何やら思惑があるようだ。
そして、出陣の朝日は昇った。
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