第4話 銀色の重圧
手渡されたのは、鈍い銀色に輝く冒険者プレートだった。
アルノ・ステルモは、掌に乗ったその金属の塊を、まるで毒物でも見るかのような目で見つめていた。
通常、冒険者は鉄(アイアン)から始まり、数多の死線を越えてようやく銅、銀へと昇格していく。いきなりの銀等級スタートなど、ギルドの歴史でも数えるほどしかない異常事態だ。
「……マスター。これ、鉄(アイアン)からに出来ませんか?」
アルノの切実な訴えに、ギルドマスターのボリスは太い眉を跳ね上げた。
「不服なのか? あれだけの能力を持っているというのに。さっきの身のこなしを見た奴ら全員が、おめーさんを新人だなんて思っちゃいねえぞ。今さら鉄プレートをぶら下げてみろ、周囲への嫌がらせにしかならねえ」
「いや、嫌がらせというか……。俺はただ、目立ちたくないんです。ひっそりと、一番簡単な薬草採取の依頼なんかをこなして、実績を積まずにフェードアウトしたいんですよ」
「ガッハッハ! 薬草採取だと? その体格でか! 冗談はよしてくれ」
ボリスは腹を抱えて笑うが、アルノの表情は真剣そのものだ。
彼の目的はあくまで、この厄介な「冒険者」という肩書きを早々に返上し、郊外の畑に戻ることなのだ。銀等級などという注目を浴びる立場は、スローライフの天敵でしかない。
「人手不足なのは知っています。セルマから聞いているので……あっ、セルマ王国騎士団長様ですね」
つい癖で呼び捨てにしたアルノが言い直すと、ボリスはニヤリと笑って横に立つセルマを見た。
「古くからの友人だろ、お前たちは。なら呼び捨てでもいいだろ? 騎士団長殿も、ここではただの紹介者に過ぎねえんだからな」
「構わんよ、ボリス。私とアルノの仲だ。それに、彼が『様』などと私を呼ぶ姿は、想像するだけで寒気がする」
セルマは余裕の笑みを浮かべて肩をすくめる。
アルノはその態度に苛立ちを覚えながらも、ボリスに向き直った。
「……そうですね。確かに彼とは腐れ縁ですが。ですがマスター、やはり銀等級は……不服というよりも」
「よりも?」
「責任が重すぎるんです。銀等級となれば、街の安全に関わるような高難度の依頼が回ってくるんでしょう? 俺はもう、誰かの命を背負って戦うのは疲れたんです。俺が今背負いたいのは、収穫したナスが入ったカゴだけなんです」
アルノの言葉に、ギルド内の喧騒がわずかに静まった。
かつて「竜騎」として、一騎当千の戦力として国を背負い続けてきた男の本音。
それは逃避ではなく、十五年という月日を戦い抜いた者だけが持つ、切実な疲労だった。
しかし、ボリスの目は優しくなりはしなかった。
むしろ、より一層鋭い光を宿してアルノを射抜く。
「おめーさんの気持ちはわからんでもない。だがな、アルノ。おめーさんが望もうが望むまいが、その腕っぷしは『力』なんだ。力が目の前にあるのに、助けられる命を見捨てるのが、おめーさんの言うスローライフなのか?」
「それは……」
「銀等級を維持しろとは言わねえ。だが、今このギルドには、おめーさんのような『本物』の力が必要な依頼が山積みなんだ。一度だけでいい。銀級の仕事をこなしてみろ。それでどうしても嫌だってんなら、その時は鉄でも何でも、好きに下げさせてやるよ」
ボリスはそう言うと、カウンターに置いていた依頼書をアルノの方へ押し出した。
「これは、近隣の農村からの悲鳴だ。おめーさんの大好きな『畑』が、魔物に荒らされてるんだとよ。どうする、農夫殿?」
「……畑が、荒らされている?」
アルノの瞳の色が変わった。
魔物による被害、救出、騎士としての義務。そんな言葉には動かなかった彼の心が、「畑が荒らされている」という一点において、かつての竜騎士時代よりも激しく燃え上がった。
「……場所はどこだ。その魔物、根絶やしにしてやる」
隣で見ていたセルマが、小さく吹き出した。
「やはり、これしかなかったか」と言わんばかりの表情で。
アルノ・ステルモ。
元竜騎士、現・銀級冒険者。
彼の初仕事は、平和のためではなく、畑の平穏を守るための戦いとなった。
元竜騎の俺は郊外に住んでいたが王国騎士団長は俺をどうやら冒険者にしたいらしい みなと劉 @minatoryu
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