人械

デカダン

第1話

再生――。



その言葉を残して、人類は地上から姿を消した。

街は静かに崩れ、金属は錆び、かつて動いていた全てのシステムが、ひとつずつ死んでいった。

残されたのは、無音だけを抱えた廃墟と、人がいた「痕跡」だけ。


荒廃した地表の隅で、瓦礫に埋もれるように転がったラジオが微弱な音を吐いた。ノイズの向こう、死にかけたような声が零れる。


「……ゴ…日の……天気予ヨ…想……

……は、晴れ……のち “黒 波”……でしょう」


その瞬間、空気がひやりと静止する。

それを最後に、ラジオは完全に沈黙した。


それからさらに百年後。

世界はさらに深い闇に沈んでいた。


金属片と機械の残骸が積み上がった薄暗い空間で、一人の少女がゆっくりと目を覚ます。

冷えた空気が肌を刺すようにまとわりつく。


「……ここは……どこ……?」

微かに震える声。

右目の電子的な光が、眠りの残滓を振り払うように淡く点滅した。


「同調意識、周辺に反応なし……

生き残りは……私だけ……?

そんな……そんなわけ……」


喉の奥がつまる。

事実を拒む心と、認めざるを得ない現実が、胸の中で痛いほどぶつかり合っていた。


少女は瓦礫の山を掻き分けるように歩いた。

金属が擦れる音が、死んだ世界にやけに大きく響く。

どれだけ探しても、自分と同じ存在は――もうどこにもいなかった。


そのとき。

古びた録音テープがひとりでに回転を始める。

再生ボタンなど押していないのに、勝手に。


『……200年ぶりの朝はどうだ?

そっちがどうなってるかは分からないが……

今より危険なのだけは確かだと言える。


だから、俺が使っていた装備を全部、お前に託す。

世界が巡ったとき、また会おう――苓……』


声は途中で止まった。

苓の頬から零れた涙が、テープに落ちて記録を途切れさせたのだ。


苓は振り返らず、ただ立ち尽くした。

呼吸が震える。

胸が締め付けられる。

この世界で、

この無音の中で、

涙が落ちる音だけがやけに鮮明だった。


やがて、苓は静かに跪き、テープの主が遺した装備をひとつずつ拾い上げた。

その動作ひとつひとつは、もう戻らない誰かの「温度」を確かめる行為に近かった。


表情を押し殺し、涙を拭い、

深く息を吸う。

痛みを抱えたままでも、前へ進むしかなかった。


冷たい風が吹き抜ける。

髪が揺れ、背中の飾り羽のようなパーツが微かに震えた。

無音の世界に馴染むように、彼女は歩き出す。


――そしてその一歩が、失われた世界の新たな物語の始まりとなる。

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人械 デカダン @707it

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