二十面相三世「女怪盗ラミー」
船越麻央
二十面相三世VS女怪盗ラミー
『今夜、ネフェルティティの宝冠を頂戴します。ラミー』
俺は今朝、その予告状を受け取ったとき思わず苦笑した。俺の名は二十面相三世。昭和の大泥棒怪人二十面相の孫だ。令和の今、祖父が建設した二十面相大美術館の館長である。その俺に予告状を送り付けるとは前代未聞だ。身のほど知らずめ、俺を誰だと思っているのか。
予告状は白い便箋に黒いインクで書かれた文字。筆跡は女らしい細さだったが、どこか力強さを感じさせる。俺は祖父、初代二十面相の残したデスクに腰掛けたままその予告状を裏返してみた。裏には小さなバラの花の絵が描かれていた。
「うーむ、女怪盗ラミーか……」
俺は呟いた。噂には聞いていた。正体不明、神出鬼没の女怪盗。警察も手を焼く令和の怪盗。しかしネフェルティティの宝冠を狙うとはなかなかに大胆だ。
デスクの引き出しから、ファイルを取り出した。ネフェルティティの宝冠。三日前、二十面相大美術館に寄託されたエジプト秘宝である。金と宝石で作られた、ファラオの象徴。歴史的価値は計り知れない。
「さて、どうするか」
祖父の代から続く二十面相家の美術館を守るのが俺の仕事だ。だが正直なところ最近は刺激が足りないと思っていた。令和の女怪盗ラミーの予告状は俺の闘争心に火をつけてくれた。
午後一時、二十面相大美術館の特別展示室は人でごった返していた。ネフェルティティの宝冠を見に来た観客たち。俺は展示室の隅から一人の女性に目を止めた。
黒いワンピースに黒い帽子。顔は大きなサングラスで隠れている。スタイル抜群の体つきは若い女性だが、独特のオーラを放っている。
「失礼」
俺は彼女に近づいた。女性はゆっくりと振り返った。
「あら、二十面相三世さん?」
声は低くて落ち着いている。
「はい。あなたは?」
「はじめまして、ラミーよ」
平然とした名乗りに、俺は思わず一歩下がった。周りの観客は何事もなく宝冠を見続けている。
「二十面相大美術館へようこそ。しかしここで名乗るとは大胆だなあ、ラミーさん」
「私は、隠れるのが嫌いなの」
ラミーはサングラスを外した。現れたのは黒い瞳と整った顔立ち。年齢は二十代後半だろうか。
「二十面相大美術館、気に入ったわ。三世さんもイイ男ね」
「そ、それはどうも。光栄だよ。あなたも美人だ……たぶん」
「ウフフ、お上手だこと。たぶんは余分ね。それにしても……ネフェルティティの宝冠、本当に美しいわね」
「当たり前だ。予告状は受け取ったよ。本当に盗むつもりなのか?」
「今夜必ずうかがうわ。約束する。楽しみにしていて」
俺はラミーを見つめた。うーむ、この女は本気だ。
「そのときは、全力で阻止する。じっちゃんの名にかけて」
「ウフフフ。期待してるわ、二十面相三世さん」
ラミーはニッコリと笑った。白い歯が見える。そして観客の中に消えていった。
午後六時、美術館は閉館。警備体制は最高レベルに引き上げられた。美術館内のパッシブセンサーやマグネットセンサーに加え、展示室には四つの防御システムが稼働している。
第一は、重量センサー。床の一部が精密な体重計になっていて、異常な重さがかかれば、即座に大音響の警報が鳴る。
第二は、レーザーネット。赤い光線が宝冠を取り囲んでいる。触れれば瞬時に感知され、催涙ガスを放出する。
第三は、温度センサー。宝冠の周りの温度変化を0.1度単位で監視。人の体温でも、すぐに分かり宝冠の周囲に強烈な冷気を放つ。
第四は、監視カメラ。最新のAIが不審な動きを、一秒で検知。
「万全だ」
俺は監視室で呟いた。モニターには展示室の様子が四画面で映っている。ネフェルティティの宝冠は、中央に静かに輝いている。
「やあ、三世」
ドアを開けて、警視庁怪異特任係・降矢陣三郎警部が入ってきた。黒いスーツに眼光鋭い中年男。後ろに女性のごとき美男子、犬坂ケノ刑事を従えている。本来彼らは妖怪や吸血鬼の類が相手のはずだが、なぜか怪盗対策にかりだされているようだ。
「ラミーの予告状は、残念ながら本物だよ。三世」
降矢警部は俺に例の予告状を見せた。筆跡鑑定の結果、過去に送り付けられた予告状と一致したそうだ。
「女の怪盗だな、降矢警部」
「ああ。しかし動きはプロだ。慎重で大胆、女だと思って侮ってはいかんよ」
犬坂ケノは、モニターを見つめた。
「三世、ラミーはどこから来ると思いますか?」
「わからない。しかし必ず来る」
そして夜、九時。美術館は静まり返っている。警官隊は各所に配置されている。俺は監視室でコーヒーを飲みながら、モニターを見続けた。
「そろそろ来るか……」
突然、モニターに異変が起きた。展示室の照明が瞬時に消えた。暗闇の中、宝冠だけが薄く光っている。
「来た!」
俺は立ち上がった。モニターに白い影が映った。ラミーだ。黒いスーツに仮面。どこからどうやって入ったのか。
「全員、展示室に急げ!」
待機していた降矢警部の指示で警官隊が動いた。俺も監視室を飛び出した。
展示室に到着すると、ラミーはすでに防御システムの前に立っていた。すべてのセンサーを何らかの方法で一時的に無効にしている。
「完璧な防御システムを……どうやって……」
「ウフフ、簡単なことよ」
ラミーは不敵に笑った。
「なるほど、素晴らしい技術だ。さすがだな、女怪盗ラミー」
「でも、まだ終わってない!」
俺は宝冠の前に立ちはだかった。ラミーは一歩近づく。
「三世さん、本気で阻止する?」
「悪いが美術館を守るのが、俺の仕事なんだ」
俺とラミーは向かい合った。緊張が空気を震わせる。
突然、ラミーが動いた。素早い動きで俺の横をすり抜ける。しかし俺も鍛えていた。体を反転させラミーの手首を掴んだ。
「痛いわね……暴力反対!」
ラミーは俺の腕を振りほどいた。
「ラミー、観念しろ」
降矢陣三郎と犬坂ケノも展示室に到着、三人でラミーを囲んだ。しかしそのときラミーが呟いた。
「ウフフフ、まだ終わってないわ」
突然、展示室の天井から白い煙が降りてきた。スモークスクリーンだ。視界が奪われる。
「うぬっ!」
煙が晴れるとラミーの姿は消えていた。宝冠も無事だ。ただ床に小さなメモが落ちていた。
『今夜は引き下がるけど、必ず戻ってくる。ラミー』
俺はメモを拾った。女の字だが綺麗で力強い。
「ハハハ……逃げられたか。してやられたな、犬坂クン!」
降矢警部は、なぜか楽しそうだ。
「警部! 少しは真面目にやってください!」
犬坂ケノは頭を抱えた。
俺は窓の外を見た。ラミーは必ず戻ってくる。そして次こそ真剣勝負だ。
「降矢警部、警戒を続けてください」
「ああ。だがなあ三世、あの女は普通じゃないぞ」
「わかってる」
犬坂ケノは俺を見た。
「三世、ラミーは何を求めているのでしょうか?」
「わからない。不思議な女だ」
「しかし犬坂クン。ラミーは怪盗ダウトと関係あるかも知れん」
降矢警部が突然突拍子もないことを言い出した。
「け、警部! ダウトですか? あのお星様ドロボーの?」
「降矢警部! ダウトだと? どういうことだ?」
「ハハハ、刑事のカンですよ、カン。少し気になったので」
降矢陣三郎は苦笑したが、その目は笑っていなかった。彼の刑事としてのカンは鋭いらしい。ラミーとダウト、何か関係があるのだろうか。
翌朝、美術館は通常通り開館した。ネフェルティティの宝冠は相変わらず展示室に飾られている。
俺は確信していた。ラミーは必ず戻ってくる。そして次は本当の勝負だ。そう言えば降矢陣三郎がラミーとダウトの関係をほのめかしていた。彼は何かを掴んでいるのかもしれない。
今、ネフェルティティの宝冠は静かに輝いている。俺はニヤリと笑った。
「楽しみだよ、女怪盗ラミー」
了
二十面相三世「女怪盗ラミー」 船越麻央 @funakoshimao
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