帰還した大魔術師、スキル鑑定「測定不能」で最弱扱いされたので底辺配信者やってます

Ruka

第1話

 人混みが苦手になっていた。

 十年も人里離れた場所で暮らしていれば、当然かもしれない。


「…………」


 渋谷。

 確か、そんな名前の街だったはずだ。

 十年前の記憶と照らし合わせても、この光景はおかしい。巨大なモニター、光る看板、宙に浮かぶ広告。そして何より――人々の体に纏わりつく、謎の光。


 あれは、なんだ。


 魔力ではない。

 もっと体系化された、均一な力。まるで規格品のように、誰もが同じ質の光を宿している。


 異世界に関する記憶を総動員しても、該当するものがない。


「……帰ってきたはずなんだが」


 どこか別の世界に飛ばされたのかと疑いたくなる。

 だが、看板に書かれた文字は日本語だし、聞こえてくる言葉も日本語だ。間違いなくここは日本。俺の故郷のはずだ。


 ふと、足が止まる。


 駅前の巨大モニター。そこに映し出された映像に、目を奪われた。

 若い男が、剣を振るっている。その軌道に沿って走る光。画面の端には「Aランクスキル【烈風剣】」の文字。

 そしてテロップ。


『今週の人気ダンジョン配信者ランキング!』


「…………は?」


 いや待て。

 ダンジョン? 配信? スキル?


 混乱する頭を抱えながら、俺はモニターを見上げ続けた。


 画面の中の男が、剣を一閃する。

 軌跡に沿って青白い光が走り、目の前の魔物を両断した。

 魔物。間違いない。俺が異世界で何度も見てきた、あの魔物だ。


 なぜ現代日本に魔物がいる。

 なぜそれを「配信」している。

 なぜ周囲の人間は、誰もそのことに驚いていない。


「ダンジョン配信って何……」

「え、知らないの?」

「うわ、おっさんスキルの光薄くない?」

「Eランクとかじゃね」


 すれ違う若者たちの会話が聞こえる。

 スキル。さっきから何度も出てくる単語。そして「光」という言葉。


 俺は自分の手を見下ろした。

 何も纏っていない。周囲の人間が宿している、あの淡い光が、俺にはない。


「……そういうことか」


 なんとなく、理解が追いついてきた。


 俺がいない十年の間に、この世界には「ダンジョン」が出現し、人類は「スキル」という力に目覚めた。そしてそのスキルを使ってダンジョンを攻略する様子を配信する「ダンジョン配信者」という職業が生まれた。


 SFか。いや、ファンタジーか。

 どちらにせよ、俺が帰りたかった「日常」とはかけ離れている。


「はぁ…………」


 深い溜息が漏れた。

 異世界で十年。魔王を倒し、災厄を封じ、大陸を救った。

 もう関わりたくない、俺は静かに暮らしたいだけなのに。


 ポケットに手を入れる。

 中身は空。財布もない。スマートフォン――十年前はガラケーだったか――もない。

 当然だ。異世界に飛ばされた時、俺は手ぶらだった。


「……とりあえず、家に帰るか」


 転移魔法の座標は「元いた場所」に設定した。つまり、十年前のアパートだ。まだ残っていれば、の話だが。


 記憶を頼りに歩き出す。

 渋谷から電車で三十分。いや、電車に乗る金がない。歩くしかないか。

 身体強化を使えば一瞬だが、この街中で魔術を使うわけにもいかない。


 結局、二時間かけてたどり着いた。


 築三十年のボロアパート。

 ……まだ、あった。外観は記憶の通り。いや、さらにボロくなっている。


 階段を上がり、二〇三号室の前に立つ。


「鍵、開いてるのか……」


 ドアノブを回すと、抵抗なく開いた。

 中に入る。埃の匂い。黴びた空気。十年分の時間が堆積した、廃墟のような部屋。


 電気は止まっている。当然だ。

 水道も出ない。ガスも同様だろう。


 窓を開けて、畳の上に座り込んだ。


「…………」


 無一文。

 ライフラインなし。

 身分証明書もなし。


 異世界では「災厄の大魔術師」と恐れられた男が、現代日本では完全なる無職ホームレスである。


「……笑えねえ」


 窓の外、遠くに巨大な黒い構造物が見えた。

 あれがダンジョン、というやつだろうか。


 関わりたくない。

 静かに暮らしたい。

 だが、この状況を打開するためには、何かしら行動を起こさなければならない。


 明日、情報収集からだ。


 そう決めて、俺は埃だらけの畳の上で目を閉じた。

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