第2話

翌朝、俺は街に出た。

 情報収集が目的だ。金はないが、歩くことはできる。


 まず向かったのは図書館だった。

 十年前の記憶を頼りに歩き、なんとか辿り着く。建物は綺麗になっていたが、場所は変わっていなかった。


 中に入り、新聞コーナーを探す。


「……これか」


 過去十年分のニュースを、片っ端から読み漁った。


 八年前。

 世界各地に突如として「ダンジョン」が出現。同時に人類の約七割が「スキル」に覚醒した。


 スキルとは、個人に固有の特殊能力。戦闘向けのものから生活向けのものまで様々で、その強さによってEランクからSランクまで分類される。

 スキルの有無と強さは、専用の鑑定機器で測定可能。就職や進学にも影響するらしい。


「……スキル格差社会、か」


 嫌な言葉だ。


 記事を読み進める。


 ダンジョンからは「魔石」と呼ばれる資源が採取でき、これが新たなエネルギー源として世界経済を支えている。ダンジョンを攻略する「冒険者」は国家資格となり、その様子を配信する「ダンジョン配信者」は若者の憧れの職業になった。


 冒険者ギルドが設立され、ダンジョンの管理と冒険者の斡旋を行っている。

 ギルドに登録すれば、ランクに応じたダンジョンに挑戦でき、討伐報酬や採取物の売却で収入を得られる。


「……なるほど」


 つまり、冒険者になれば金が稼げる。

 ダンジョン攻略なら、異世界で散々やってきた。魔術を使わなくても、身体強化だけでなんとかなるだろう。


 問題は、スキルだ。


 俺にはスキルがない。正確には、スキルという体系の力を持っていない。

 俺が使うのは魔術。この世界の「スキル」とは根本的に異なる力だ。


 鑑定を受けたらどうなるのか。

 「スキルなし」と判定されるのか、それとも「測定不能」か。


 どちらにせよ、まともな扱いはされないだろう。


「……面倒だな」


 溜息を吐きながら、図書館を出た。


 次に向かったのは、ダンジョンだ。

 遠くから見えていた、あの黒い構造物。近くで見ておきたかった。


 電車には乗れないので、また歩く。

 一時間ほどで、ダンジョンの入口に到着した。


「…………」


 巨大な黒い門。

 その周囲には、フェンスと警備員。そして「冒険者ギルド」と書かれた建物。


 門の前では、武装した人間たちが出入りしている。

 彼らの体には、あの淡い光。スキルの輝きだ。


 俺は少し離れた場所から、その様子を観察した。


 冒険者たちが門をくぐると、その姿は闇に飲まれるように消えていく。

 異世界のダンジョンと同じだ。入口は繋がっているが、中は別空間になっている。


 しばらく見ていると、一人の冒険者が戻ってきた。

 片手には袋。中身は光る石――魔石だろう。

 彼はそのままギルドの建物に入っていった。おそらく換金するのだ。


「……システムは理解した」


 冒険者登録をして、ダンジョンに潜り、魔石を集めて換金する。

 シンプルだ。俺にもできる。


 だが、その前に解決すべき問題がある。


 身分証明書がない。

 冒険者登録には、身分証明が必要なはずだ。


 戸籍はどうなっているのか。十年間行方不明だった人間は、法的にどう扱われるのか。

 ……考えたくもない。


「はぁ…………」


 また溜息が出た。


 とりあえず、今日は情報収集だけで終わりだ。

 腹が減ったが、金がないので我慢するしかない。


 帰り道、コンビニの前を通りかかった。

 店内から漂ってくる、肉まんの匂い。


「…………」


 異世界では、食事に困ったことはなかった。

 魔術で狩りをし、魔術で調理する。それが当たり前だった。


 だが、ここは現代日本だ。

 街中で魔術は使えない。金がなければ、飯も食えない。


 これが「日常」というやつか。


 俺は空腹を抱えたまま、ボロアパートへと戻った。

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