運命を超える冒険譚 ―流刑島からの再起の航路―

光野るい

第1話 秩序なき流刑地

マテオは、罪人だけが流れ着く島――カフル島で生きている。


三年前、彼は内乱予備罪という名目で、この島へ送られた。

だが、内乱など一度も企てた覚えはない。


本国の監民官たちには、罪人を捕らえるためのノルマが課せられていた。

達成できなければ報酬は減る。

だから彼らは、疑わしいというだけで人を捕らえた。

マテオも、その一人だった。


愛する妻と、幼い息子と娘。

泣き叫ぶ家族を背に、彼は引き剥がされるように連行された。

あの日の声と表情は、三年経った今も、夜になると胸に蘇る。

――レナータは……子どもたちは……。

水平線へ沈む夕日を眺めながら、マテオは家族を思った。


カフル島は、生き地獄という言葉がよく似合う。

この島にいるのは流人だけだ。

冤罪の者もいれば、本当に罪を犯した者もいる。


秩序はない。

食料も衣類も支給されない。

釣った魚は奪われ、奪い返せば殴られる。

それが日常だった。

殺し合いが起きても、裁く者はいない。

この島に送られた者たちは本国から見捨てられている。


そんな島でも、マテオには二人の仲間がいた。

インティとベンハミン。

二人もまた、冤罪でこの島へ流された。


「……この島で暮らすのも、そろそろ限界だよな」

マテオが低く言う。

「まったくだ」

インティは、わざと軽い口調で笑った。

「俺なんてさ、何も言わずに消えたまんまだ。

 今さら生きて帰っても、どう説明すりゃいいか分かんねぇ」

冗談めいた言い方だったが、その目は笑っていなかった。

「俺も……」

ベンハミンは言葉を選ぶように、少し間を置いた。

「無実なのに、急に連れて行かれて……。家族に、何も言えなかった」

その声は、かすかに震えていた。


「……この話、知ってるか?」

マテオが切り出す。

「なんだ?」

インティが聞く。

「この島から東へ向かうと、海に浮かぶ神殿があるらしい。

 そこには、本国へ通じる海底道がある……という噂だ」

「俺も聞いたことはある」

インティは肩をすくめた。

「でも、噂だろ? こういう島じゃ、希望みたいな話はすぐ広まる」

「それでも……」

ベンハミンが小さく言う。

「もし神殿がなかったとしても、無人島に流れ着けるかもしれない。

 ここにいるよりは……生きられる可能性がある」

最悪を想定しながらも、それでも前を向こうとする声だった。

「そうだな」

マテオはうなずいた。


「ここは、いつ命を狙われるか分からない」

「でも、どうやって行く?」

インティが現実的に尋ねる。

「最近、ゾリアンが下っ端にボートを造らせている」

ゾリアン。

この島で最も力を持つ男だ。

殴り合いで頂点に立ち、今では誰も逆らわない。

本国では、強盗や殺人を重ねて流刑になったと噂されている。

「……そのボートを盗むってわけか」

インティが言った。

「そうだ」

「殺されるぞ……」

ベンハミンが反射的に言う。

「危険を冒さなければ、一生ここから出られない」

マテオは静かに返した。


一瞬の沈黙。

「……理屈は分かる」

インティが息を吐く。

「で、手立てはあるのか?」


「満潮は、だいたい夜八時半」

マテオは続けた。

「それから……ゾリアンは酒好きだ……それを利用するんだ」

インティの口元が、わずかに歪む。

ベンハミンは、無意識に唾を飲み込んでいた。


「……本当に、やるんだな」

インティが呟くように言った。

「やる」

マテオは即答した。

夕暮れの海は、静かだった。

だがその先には、命を賭ける夜が待っている。

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