ぺトリコール

@O__saki

ぺトリコール

雨宿り、1人きりの私は、街明かりと傘を差す人々を眺めていた。その雑踏をすり抜け、一直線にこちらに向かってくる男が見えた。男は私の3メートルほど前に立ち、少しだけ私を見つめた。

「──君は、いくつだ」

特徴の無い。それこそが特徴のような彼は、まるで意図を感じない言葉を投げかけてきた。

「私ですか」

男は静かに頷いて、再度質問をした。

「君は、いくつだ」

全く持って意味が分からないが、答えてしまって特に問題は無いだろう。そう考えた私は素直に彼の質問に答えることにした。

「19、いや、20歳です」

先日、誕生日を迎えた私は、忘年会の帰りであった。初めて酒を飲んだ私は忌事と共に傘も忘れてしまったのだ。

「君は何を成した」

「特に何も」

「そうか、ありがとう」

男はそう言うと、つまらなそうに雑踏へと姿を消した。

思考が疑問と苛立ちで満たされたが、疑問の答えは単純であった。

20歳になった私は何も成すことなく、その事に少なからず焦燥を覚えていた。

酔いと夜街の灯りがもたらしたそれは、その焦燥がもたらした幻覚。或いは何者でもない未来から来た私だ。

『私は、どう生きるのか』

視界が眩しく、そして闇に包まれる。


目が覚めると、雨は止んでいた。

というよりも布団の上だった。

窓を開けると、雨上がりの冷たい空気が、静けさと共に流れ込んできた。

私が見た男の正体は分からない。

本当に幻覚だったのか、或いは私の未来の姿だったのか。もしかするとただのキチガイだったのかもしれない。

しかし、私の心は妙に晴れていた。

『君は何を成した』

男の言葉を頭の中で反復する。

20歳になった。濡れたコンクリの匂いが鼻にまじる。

今の私なら、何と答えるだろう。

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