第2話 志は千里に在り
「さあ、韓信さん。今日は歓迎の宴よ! 遠慮なく食べて頂戴」
場所は変わり、宿屋にて。
個室には大量の料理や酒が並ぶ。
一通りテーブルに並べると、イレイナはマントを脱ぎ、王家の印が入ったペンダントを外し、鍵付きの木箱にしまう。
王家のペンダントは親の形見であり、王族の証でもある。
普段は身分を隠すため身に着けていないが、今回の召喚の儀式には必要なアイテムであった。
「ありがとうございます。こんなに良くしてくれた方は久しぶりです。
この御恩はいつかお返しします。では遠慮なく……」
そう言うと韓信は、ものすごい勢いで食事を始めた。
手づかみで鶏の足を引きちぎり、そのまま頬張る。
「あの、ナイフとフォークがありますから、ゆっくりと味わってください」
「ナイフとフォーク? ああ、この短刀と割れた匙のことですか。
異国の文化はいずれ学ぶとしましょう。ですが今は腹を満たすことが先決ですから。
戦場では食べる時間も惜しいですからね……もぐもぐ」
そう言うと韓信は一心不乱に食べ物を頬張る。
肉を食べると、次はパンを口いっぱいに詰め込む。
その光景はすさまじかった。
まさに歴戦の猛者を思わせる食べっぷりであった。
「す、すごい。韓信さんはやはり英雄なのですね。
失礼ですが、召喚される前は何をされていたのですか?」
そこで初めて韓信の手が止まる。
「はい。我が祖国は長いこと戦乱の時代にありました。
しかし、敵国である秦の勝利により天下は定まりました。
ですが、それも時間の問題ですね。
秦王の強欲さは目に余ります。
それに配下の文官や将軍たちは皆、残虐で慈悲もない。
あれでは、また戦乱の時代に戻るでしょう……」
イレイナは韓信の話に耳を傾ける。
やはり、この男はただ者ではない。
時勢に明るいということは、少なくとも日々の生活に困窮する庶民ではありえないのだ。
「なるほど。で、韓信さんは、えっと……楚の国の将軍でいらっしゃるのですか?」
「いいえ、違います。しかし私には志があります。将軍など誰でもできますからね」
「なるほど……。では、文官ということでしょうか……」
「いいえ、文官など怠慢の極みです。私は真面目に働く文官を見たことがありませんから」
「な、なるほど。では、韓信さんは……剣、そうだ、実は凄腕の剣士だとか……」
「いいえ、剣は使えますが、人を斬ったことはありません。
私には志があるのです。そういえば、イレイナさんは王家なんですか?」
「え、ええ。そうよ、よくわかったわね」
「もちろんです。イレイナさんが先ほど外した首飾り。
あれは墓地に刻まれていた彫刻と同じでしたから、あの墓の規模からして王族の墓だと思いまして」
「鋭いわね。でもこのことは秘密にしてちょうだい。今さら亡国の王族がいたって、ろくなことにはならないから。
ところで、実は韓信さんも王族だったりします?」
「いいえ、とんでもない。むしろ私が王だったら楚は滅んでいません。秦の軍隊なんか簡単に蹴散らして見せますよ。
まったく、天は不条理です。生まれる時代を間違えました」
イレイナはだんだん不安になってきた。
そう、イレイナはさっきから聞いている。
召喚される前は何をしていたのかと。
しかし一向に答えないのだ。
実は、目の前の男には何の実績もないのでは、と不安が募る……。
(う、うそよ。実はこの男、大言壮語のホラ吹きだった? い、いいえ。
究極召喚魔法は主の願いに完璧に応えるはず。
そして時空を超えて、自分の魂に最も近い英雄を呼び出すはずよ。
まさか、私がホラ吹きだってこと? いいえ、そんなことはない。私は嘘はつかない。
いつだって憎き覇王を倒すために、高い志を持って生きてきた。
……今は無職だけど、いずれは自分の勢力を持ち、祖国を取り戻して見せるんだから!
そう、これは試練。考えてみたら彼は若い。まだまだ英雄の卵かもしれない。
ここは気長に……。無理だわ……もうお金がない)
「あ、あの、韓信さん。呼び出したばかりで申し訳ないんだけど、明日から仕事よ」
「……なるほど。やらなければならないことがあるとおっしゃっていましたね。
ご馳走をいただきました。せめてものお返しに、喜んで協力しましょう」
「ええ、ありがとう。端的に話すと、私の目的は亡国となった我が祖国を復興させること。
……でも、今は無理。貯めてたお金が、今日ですっからかんだから。
とりあえずは当面の生活資金を稼がないといけないの!
だから韓信さんも手伝ってよね」
次の更新予定
亡国の姫君は異世界召喚で国士無双 ― 剣も魔法も使えない大将軍・韓信 ― 神谷モロ @morooneone
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