ボイフェムリバリバ 比率は六四で

真野魚尾

甘えてるのはどっち?

 女同士で付き合ってる彼女が、いきなり髪をショートにしてきた。

 当然、私は問い詰めたわけだけど。


「うちの弟が妹化したので」


 一体どういう言い訳だよ。



  *



 閉店作業が終わった。不在の店長には日報も送信したし、本日もノー残業の定時上がりだ。


 四日市ほまれ――午後九時一分、退出。


 私は速やかに打刻を済ませ、帰り支度に取りかかる。

 この時間まで残ってるバイトは六花(りっか)だけ。二人きりの事務所で、私は年下の恋人に問いただした。


「六花さ、何で髪切ったの?」


 一言ぐらい知らせてくれてもいいだろうに――私の苛立ちをよそに、六花は凛々しい顔を綻ばせる。


「やっと聞いてくれましたね。気づいてないのかと思いました」

「流石に気づくわ! たださ、ほら、色々うるさいじゃない? 職場で口に出すとセクハラだのパワハラだの」


 他人の容姿に干渉するのは社内コンプラに反する。私も社員として一応は示しをつけないとね。

 バイトの子と付き合ってる時点で説得力ないのはさておき。


 六花は指でつまんだ前髪越しに、私の顔色を窺ってる。


「髪型、あんま似合ってないですか?」

「ううん。素敵。格好いい……じゃなくて! 勝手に髪切った理由を聞いてんの!」

「それは、うちの弟が妹化したので」


 うん。意味がわからない。

 でも、よく考えると六花は出会った時からそういう女だった。突拍子のない行動でいつも私を驚かせてくれる。


「とりあえず署までご同行願おうかな」




 九時十二分。まだまだ残暑のしつこい駐車場。

 エアコンの稼働音越しに、私は改めて助手席の六花に尋ねた。


「で、弟くんが……何だっけ?」

「妹になりました。これ、ビフォーアフターです」


 六花が見せてくれたカメラロールには、ロック系のファッションで決めた金髪ロン毛の男子。次の写真には同じ背格好をした女の子が映ってる。


「女装……とはちょっと違うよねえ。メイクはしてるけど」

「どっちかというと女体化ですね。ずっとこのまんまです」

「女体化? はよくわかんないけど、なかなか可愛いじゃない」


 私が口にした途端、六花が無言で睨んでくる。嫉妬か? 嫉妬なのか?


「両親同じならあんたと遺伝子ほぼ一緒でしょ?」

「じゃあセーフです」

「もうちょっと粘ってよ! っていうか、今大変じゃないの? 周りもそうだけど、弟くん本人もさ」


 十代半ばで、それまでとは別の生き方を歩もうだなんて。私とは事情こそ違うけど、親近感を覚えてしまう。


「その辺はあたしが何とかフォローしてます。それと弟と幼なじみの、親友の子が支えてくれてるので」

「親友って、男の子?」

「はい。ほまれさんには前に話したと思うんですけど」

「あー、六花に告白してきたって子かぁ」


 そういえば六花が高校の時、弟の友達から告白されたって話を聞いてたっけ。

 切れ長な六花の目が遠くを見つめている。


「彼のことはあたしもいい子だなっては思ってるんです、今でも。ただ、そういう対象としては見れないっていうか」

「まあいるよねえ、そういうタイプの子」

「だからってわけじゃないですけど、せめて弟とは仲良くしててほしくて。もし二人のことからかったり、邪魔する人がいたとしても、あたしだけは味方でいてあげたいんです」


 六花のこういう思いやりのあるところ、私は好きだな。


「うんうん。いいお姉ちゃんだ」

「恩返しみたいなものですよ、あたしの勝手な。彼からの告白がきっかけで、自分の恋愛対象自覚したってのはあるので」


 それは初耳だけど、納得もする。

 自慢じゃないけど、私も男子から告られた経験は何度もあった。そのうちの何人かとは実際に付き合ったこともある。


 でも、全然ピンとこなかった。みんなが憧れる恋愛ってこんなものなのかって、正直がっかりした。

 そんな私に身体の底から燃え上がるような気持ちを教えてくれたのは、高校の保健室の先生だった――なんて、それこそ今じゃコンプラ違反ですわな。


 歴史は繰り返すって言うけれど、私もこうして年下をたぶらかす悪いお姉さんになってしまったわけだ。


「じゃあ私もその子には感謝しなきゃだ。おかげで六花に恋愛対象として意識してもらえたわけだし」

「そう言ってもらえると嬉しいです。でも、ほまれさんこそ、よくあたしにOKくれましたよね」


 六花ってば意外な言い方する。自分がしたこと覚えてないんだろうか。


「いやいや。バイト初日に社員口説いてくるおもしれー女なんて、速攻捕獲しとかなきゃ損じゃない?」

「そんな、人を珍獣みたいに……あたし、ごく普通の女だと思うんですけど」


 私知ってる。普通の人は自分のこと普通って言わないんだよ。


「はいはい。で、平均的女子様はどうして私に声かけてきたのかな?」

「仕事の教え方が優しかったんで、惚れました」


 仕事だからだよ。単純な奴め。好き。


「あと、自分にないものを持ってたので」


 六花の視線が私の胸元をガン見している。正直な奴め。好き。


「ほまれさんこそ、あたしのどこが気に入ったんです?」

「そりゃ顔面がバリ好みで……あと声がメロいし」


 ふーん? みたいなおすまし顔で見つめてくる六花にちょっと腹立つ。でもそれが好き。惚れた弱みってやつだな。私も大概だ。


 私は浮かれ気分のまま車を走らせて、六花を彼女の家の近くまで送っていった。




 線路沿いにある静かな住宅街の手前で、私は車を停めた。

 植え込みの向こうに見える一軒家では、妹化した弟くんも一緒に暮らしてるのかな――って、思い出した!


「それじゃ、ほまれさん、また明日――」


 シートベルトを外した六花を、私は呼び止める。


「待って、六花。まだちゃんと答え聞いてない。何で髪短くしたし?」

「弟と見た目被りたくないので」


 すごく六花らしい答えだった。自己主張と弟への気遣いが同居してる。


「やっぱ気に入らないですか?」

「私に黙って切ったことはね。だからさ、お詫びにこれからはボーイッシュな六花も色々試させてよね」


 何言ってんだろうな私、って自分でも思う。そんな私の内心を見透かしたように、六花は悪戯っぽく目を細める。


「試すって、何をですか?」

「皆まで言わすな!」


 目を合わせるのも恥ずかしくて。私は六花に身を寄せると、Tシャツの襟をめくって、首元に口づけをした。




〈了〉

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