全てに絶望した公爵令嬢は「心のない人形になりたい」と願う・短編
まほりろ・新刊発売中・コミカライズ企画進
第1話
「もう、全てに疲れました。
心など捨ててしまいたい……。
だって、心があるから傷つくのですもの。
私は……心のないからくり人形になりたい」
「わかったよ、オフィーリア。
精霊王の名にかけて君の願いを叶えよう」
◇◇◇◇◇
彼を助けたのは偶然でした。
ある日、バルコニーに一羽の鳥が倒れていました。
放っておくことができず、私はその鳥を手当てしました。
一月後、すっかり傷の癒えた鳥は、青く艷やかな髪にサファイアの瞳の美しい青年に姿を変えたのです。
彼は自らを「精霊王」と名乗り、「助けてくれた。お礼に願いを一つ叶えてあげる」とおっしゃいました。
私の願いは……。
心を捨てること。
私の名はオフィーリア・ローデンベルク。
公爵家の長女で、王太子エドワード様の婚約者。
王太子の婚約者とは名ばかりで、実際は馬車馬の生活と大して変わりませんでした。
厳しい王太子妃教育と、仕事をこなすだけの日々に心が擦り切れていました。
私を政治のための道具としか思ってない父。
年の離れた弟ばかりを溺愛する母。
自分が両親に可愛がられていることを理解し、マウントを取ってくる弟。
私を面倒な仕事を押し付ける便利な道具だとしか思っていない婚約者のエドワード様。
私の手柄を取り上げ、エドワード様のやらかしを私に押し付けてくる国王陛下。
私の髪と瞳を「魔女のようで真っ黒で気味が悪いわ」と貶める王妃殿下。
私を悪役に仕立て、エドワード様に取り入るリーナ・グレーフ男爵令嬢。
私の悪口で盛り上がる学園の生徒たち。
全てにうんざりしておりました。
日が昇る前から働き、深夜まで働いてもねぎらいの言葉の一つもない。
完璧であるのが当たり前、ミスをすれば過剰に責められる。
エドワード様は、私を王太子妃にし、リーナ様を側室として迎えると堂々と私の前で宣言しました。
「お前と結婚しても、お前を愛することはない!
お前は俺とリーナの為に仕事だけしていればいい!
世継ぎはリーナが生む!」
エドワード様は私に仕事だけをさせ、手柄は全て自分たちのものにする計画のようです。
そのことを父に話しても「王族との結婚は家の名誉だ」の一点張りで、婚約を解消したいという私の話を聞いてくれない。
「もう、全てに疲れました。
心など捨ててしまいたい……。
だって、心があるから傷つくのですもの。
私は……心のないからくり人形になりたい」
私は全てに疲れ切っていた。
「王太子妃になることを避けられないのなら……。
家名の為に逃げることも死ぬことも許されないのなら……。
心など捨ててしまいたいのです」
気がつくと、私の頬に涙が伝っていました。
まだ私にも、涙を流すほどの感情が残っていたのですね。
そのようなものは必要ないのに……。
精霊王は私の頬に触れると、指で涙を拭いました。
「わかったよ、オフィーリア。
精霊王の名にかけて、君の願いを叶えよう」
彼はそう言って微笑んだのです。
◇◇◇◇◇
―半年後―
学園の卒業パーティー。
王太子エドワードは、男爵令嬢のリーナをエスコートし、パーティー会場に現れた。
エドワードとリーナ、美男美女の二人が並ぶ姿は絵になった。
エドワードとリーナは、最高級シルクをふんだんに使った揃いのデザインの特注の衣服を纏っていた。
リーナが身につけているティアラ、イヤリング、ネックレスには希少なブルーダイヤモンドが使われ、会場内の注目を集めていた。
「王太子殿下はリーナ様をエスコートなさったわ。
やはりローデンベルク公爵令嬢ではなく、リーナ様と婚姻なされるのかしら?」
「ローデンベルク公爵令嬢はリーナ様に暴力を振るっていたそうじゃない?
王太子殿下に愛想を尽かされて当然だわ」
「そう言えば、ここ半年ほどローデンベルク公爵令嬢をお見かけしていませんわ」
「お屋敷に籠もってやけ食いでもしているのではなくて?」
「次にお会いしたときは、ぷくぷくに太っているかもしれませんね」
「パツパツのドレスで現れたら、みんなでからかってあげましょう」
女子生徒たちはオフィーリアの醜聞を肴に、噂話に花を咲かせた。
「王太子殿下はシルトフェルン帝国との商談を纏めたのだろ?」
「我が国とザンクトハイム聖国間の関税の引き下げに成功したらしい」
「フリーデヴァルト王国から、貴重な絹織物の輸入にも成功したらしいぞ」
「それに引き換え、ローデンベルク公爵令嬢ときたら……シルトフェルン帝国の宰相のかつらをとって激怒させたそうじゃないか」
「ザンクトハイム聖国の宗教観に口出しし、大神官様を激怒させたとも聞いたぞ」
「あんな女が、未だに王太子殿下の婚約者の地位にいるなんて不快だ!」
男子生徒たちもオフィーリアを貶めていた。
公然と公爵令嬢を悪口を言っても誰にも咎められない……。
雑談の最後は「清楚で可憐なリーナ様こそが王太子殿下の婚約者にふさわしい! ローデンベルク公爵は断罪されるべきだ!」という言葉で締めくくられた。
そんな生徒たちの噂話をエドワードとリーナは、上機嫌で聞いていた。
やがてワルツが流れた。
「踊ろうリーナ」
「ええ喜んで、エドワード様」
エドワードがリーナをダンスに誘った。
観衆が見守る中、リーナをエスコートしエドワードが広場の中央に進む。
豪華絢爛な衣装を纏いダンスする二人を、誰もがうっとりと眺めていた。
……その時。
バン!! と音を立て扉が乱暴に開き、騎士団長が数十人の部下と共に会場に入ってきた。
不意なことに驚き、楽団は演奏の手を止めた。
エドワードとリーナに向けられていた人々の視線は、騎士団へと移った。
騎士団長はまっすぐにエドワードの元に進み、団員もその後に続いた。
最高の時間を邪魔され、エドワードとリーナは眉間に皺を寄せた。
その他の生徒たちは、巻き込まれないように遠巻きに事態を見守っていた。
「なんだ貴様らは!
今日は卒業パーティーだぞ!
それをわかっていて乱入してきたのか!?」
「エドワード様とのダンスが台無しだわ!」
エドワードとリーナが騎士団長に向かって吠える。
「パーティー中にお邪魔した非礼をお詫びいたします。
騎士団長のフリオル・ヴァイスホープと申します」
騎士団長は茶色の髪に黒い目の美男子で、半年前に騎士団長に就任したばかりだった。
「しかし、此度のことは王命でございますのでご容赦ください」
「王命」と言われ、エドワードはぐっと拳を握りしめた。
「お、王命ではしかたないな。
それで、用件はなんだ?
手短に話せ」
エドワードが渋々といった表情で、そう呟いた。
「エドワード様、並びにリーナ様が今お召しの衣装についてでございます」
「俺たちの衣装がどうしたというのだ?」
「誠に申し上げにくいのですが……。
エドワード様がお召しのジュストコール、リーナ様がお召しのドレス、お二人が身につけているアクセサリーや宝石の代金が未納となっております」
エドワードとリーナは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
「そんなハズはない!
代金ならちゃんと支払った!」
エドワードが眉を吊り上げ、騎士団長を睨む。
「失礼ながら、それはエドワード様の私費から支払われたのでしょうか?」
「それは……王太子妃に当てられた費用から……」
婚約者でもない男爵令嬢に、王太子妃の費用を当てたばつの悪さから、エドワードはやや小声で答えた。
「支払いは現金でなさいましたか?」
「いや、小切手で支払った。
商人には後で王城に請求するように申し付けた」
「残念ながら、その決済は陛下が承認なさいませんでした」
「嘘だろ……!?」
「実を申しますと、半年前からエドワード様がリーナ様にプレゼントされる際に、商人に手渡した小切手は一切承認されておりません」
「そんなはずはない!
だって、今までは取り立てなどなかった……!」
エドワードの顔に焦りの色が浮かぶ。
「今までは王太子妃の費用からではなく、エドワード様の個人財産から支払われていたのです」
自分の個人的な財産が使われていたことに、エドワードは驚く。
「なら、今回も俺の個人財産から支払う!
それでいいだろう?」
エドワードは自分の財産をこれ以上減らしたくなかったが、この場を丸く収めるには代金を支払うしかないと悟った。
「申し訳ございません、エドワード様。
エドワード様の個人財産はすでに底を突いております」
「なっ、馬鹿な……!」
自分の財産が底を突いたと知り、エドワードの顔から血の気が引いた。
「支払いが滞っていることを、本日陛下にご報告いたしました。
陛下は『お金が払えないなら、商品を取り上げ商人に返却しなさい』とおっしゃいました」
「何!?」
「二人を取り押さえろ!」
騎士団長の命令を受け、騎士がエドワードとリーナを取り押さえる。
「離せ! 俺は王太子だぞ!」
「何すんのよ! 触らないでよ!」
「失礼いたします。
代金未納のためアクセサリーや宝石を回収いたします」
暴れる二人を無視し、騎士団長は二人が身につけていたアクセサリーを全て回収した。
「そうそう、伝え忘れました。
衣装につきましては、一度身につけたものは価値なしと判断されるので、返品はご不要とのことです」
身ぐるみを剥がされずに、エドワードとリーナは安堵の息を吐いた。
「『衣装代は働いて返すように』との陛下のお言葉です」
「失礼しちゃうわ!
私が纏ったドレスが値なしだというの?」
「失礼ながらリーナ様が纏っているドレスは、すでに大勢の方の目に触れております。
同じドレスを身に着けパーティーに参加すれば『リーナ様のお古』と揶揄されることでしょう。
よって、一度人前で誰かが身に着けたドレスには価値がないのです」
「私に向かってそんな口を利くなんて許せない!
私はエドワード様の最愛なのよ!
エドワード様、こいつを死刑にして!」
騎士団長の説明にリーナは納得ができず、目を血走らせ罵声を飛ばした。
「清楚で愛らしく公爵令嬢のいじめにも負けない健気な男爵令嬢」という噂を信じていた生徒たちは、リーナの真実を知って幻滅した。
「こんなやり方は納得がいかない!
父上に問いただす!」
エドワードは眉を吊り上げ、騎士団長を睨みつけた。
「承知いたしました。
もとより、エドワード様をお父上の元にお連れするようにと命を受けております」
騎士団に連行される形でパーティー会場を去る彼らに、入ってきた時の華やかさや威厳はなかった。
残された生徒たちは、パーティーをする気にはならず、卒業パーティーは早々にお開きとなった。
◇◇◇◇◇
「おい、父上の元に案内しろと言ったハズだ!
なぜこんな場所に連れてきた!?」
エドワードたちが連れてこられた場所は、城の地下牢だった。
「こんな場所に父上がいるはずがないだろう!!」
エドワードが騎士団長に詰め寄る。
「エドワード……!
そなたなのか……?」
聞き覚えのある声にエドワードが振り返ると、そこには見覚えのある顔があった。
「ち、父上……!
それに母上も……!」
牢屋の中には国王と王妃がいた。
二人は王族の衣装を纏っているが、それは薄汚れていた。
国王と王妃が牢屋にいることに、エドワードもリーナも側近たちも動揺を隠せない。
「貴様!
父上と母上を牢に入れるとはどういう了見だ!
今すぐ二人をここから出せ!!」
エドワードが騎士団長の胸ぐらを掴むが、彼は全く動揺していなかった。
騎士団長はエドワードの腕を払うと、彼の腕を捻り上げた。
「うぎゃーー!」と叫び声を上げ、エドワードが顔を歪める。
「
ちゃんと
エドワードは騎士団長の言葉の違和感に気づいた。
エドワードにとって陛下と呼ばれる人物は、父親だけだ。
だが騎士団長の言い方は、国王と自分の父親は別の人物のように聞こえる。
「離せ!
俺をどうするつもりだ!」
騎士団長はエドワードの言葉を無視し、部下に指示を出し、手際よくエドワードたちを牢の中に入れた。
「許さんぞ!
王族の俺を牢に入れるなど!」
騎士団長は、エドワードに向かってニコリと微笑んだ。
「あなたも、あなたのご両親ももはや王族ではありません」
「なっ……!」
「本日、革命が起きました。
新しく国王に即位されましたのはローデンベルク公爵家のオフィーリア様」
騎士団長が事務的な口調で説明する。
「そんな出鱈目な話があるか!
俺は信じないぞ!」
「本当だ、エドワード。
オフィーリアはわずか半年ほどで反対勢力をまとめ上げ、貴族院を掌握し、わしを廃位に追い込んだのだ……」
「あっという間の出来事でしたわ。
会議に参加したときは、まさか謀反を起こされるなど、思いもしませんでした……」
両親の説明を受け、エドワードはオフィーリアが新国王になった事実を受け入れた。
「なぜだ! オフィーリア……!
俺と結婚すれば王太子妃になれたというのに!
何が不満だったと言うのだ!」
エドワードは悔しげに鉄格子を叩いた。
「なぜ?
おかしなことをおっしゃいますね?
無能な先王と先王妃と先王太子に仕え、馬車馬のように働かされ、手柄を横取りされ、失敗をなすりつけられるのに嫌気が差したからに決まっているではありませんか」
騎士団長の辛辣な物言いに、エドワードはカチンと来ていた。
「シルトフェルン帝国との商談を纏めた功績、
ザンクトハイム聖国との関税の引き下げの功績、
フリーデヴァルト王国から貴重な絹織物の輸入を取り付けた功績。
孤児院の増設、平民の為の学校の設立、
それらは新国王陛下が公爵令嬢時代になされた功績。
あなた方はそれを盗み自分たちの手柄にしていた」
騎士団長が先王と先王妃とエドワードを睨む。
「そして、シルトフェルン帝国の宰相のかつらを取って激怒させた罪、
ザンクトハイム聖国の宗教観に難癖をつけ大神官様を激怒させた罪、
これらを公爵令嬢時代の陛下に着せた」
自分たちの罪が暴かれ、先王も先王妃もエドワードも顔色が悪い。
「三人共、お仕事が大嫌いでしたよね?
オフィーリア様にあれこれと命令を下すだけで、仕事の手助けをするどころか、邪魔をするときもありましたね。
どうせ仕事をするなら無能を排除し、スムーズに仕事を進めたいという考えに至るのは当然でしょう?」
「誰が無能だ!」
「あなた方全員です。
無能なくせに口だけは達者な浪費家の穀潰し。
この国にこれ以上無駄なものはありません。
無駄なものは排除されるのは世の常でございます。
ご理解ください」
「貴様! これ以上、俺や父上への侮辱するのは許さん!」
エドワードが鉄格子の間から手を伸ばすが、騎士団長には届かない。
「エドワード様は、なぜ腹を立てているのでしょう?
陛下は、お仕事が大嫌いな皆様を仕事から解放してくださったのです。
どうぞお喜びください」
「牢屋に入れられて喜べるか!」
「陛下のご温情です。
どうか、家族と心ゆくまで暇を堪能してくださいませ。
少々薄暗くカビ臭いことを除けば、快適な場所でございます」
騎士団長の表情は朗らかだったが、発する言葉は氷よりも冷たかった。
「わ、私はなんにもしてないわ!
ここから出してよ!」
リーナは片目をパチパチさせ、騎士団長にめいっぱい媚を売ろうとしている。
「リーナ様、あなたは学園に入学してから半年前まで、王太子妃の予算が使われていると知りながら、エドワード様から不当にプレゼントを受け取っていましたね?
横領は立派な犯罪です」
「だって、エドワード様がくれるって言うから……!」
「そのような言い訳は通りません。
おわかりいただけましたか?
リーナ様も牢屋に入れられるだけのことをしているのですよ」
騎士団長にそう言われ、リーナたちは押し黙るしかなかった。
「そうそう、うっかり伝え忘れていました。
先ほど私は皆様にゆったりと牢屋で寛いでほしいと伝えましたが、エドワード様とリーナ様には、ここを出て労働していただかなくてはなりません」
「俺たちに働けと言うのか……?」
「労働」という言葉に、エドワードが顔をしかめた。
「その通りです。
使い込んだ費用を全額返済するまで、鉱山で働いていただきます。
安心してください、余分に搾取したりはいたしませんので。
返済が終わりましたら、牢屋にお戻りいただきます。
どうぞゆったりと牢屋でお寛ぎください」
贅沢な暮らしに慣れたエドワードにとって、鉱山での労働も牢屋での生活も、どちらも地獄だった。
「鉱山は薄給。
ドレスや宝石、高級店での飲食代を支払い終えるまでに何年かかるでしょうね?」
騎士団長の言葉に、エドワードは絶望した。
「では私はこれで失礼します」
「待て!
オフィーリアが女王になったと言ったな!?
世継ぎはどうするんだ?
王家の血を引く俺が必要なんじゃないのか?」
エドワードが鉄格子を掴み、声の限りに叫んだ。
「ご心配には及びません。
エドワード様の血は必要ございません」
「何……!?」
「新国王陛下は、ローデンベルク公爵家のクルステン様を養子に迎えました。
クルステン様は新国王陛下の実弟。
ローデンベルク公爵家は王家の縁戚ですので、血筋も身分も問題ございません」
騎士団長の言葉に、エドワードは苦しげに唇を噛んだ。
「一つ心配なのはクルステン様の教養が不十分なことです。
ローデンベルク公爵夫妻はクルステン様を甘やかすだけで満足に教育していなかったご様子」
騎士団長の漆黒の瞳がギラリと光る。
「しかしながらクルステン様はまだ十歳。
ローデンベルク公爵夫妻からクルステン様を引き離し、城で再教育する予定です。
徹底的に厳しい教育を施せば、更生の余地があるだろうとの陛下のご配慮です」
新国王はクルステンに厳しい教育を施し、甘ったれた根性が矯正されれば幸運ぐらいに考えていた。
使い物にならなければ次を見つけるまで。
「そうそう、ローデンベルク公爵夫妻もいずれここに参りますので、仲良くしてあげてくださいね」
実の親や弟にも容赦のない新国王に、エドワードは寒気を覚えた。
「そんな話は容認できない!
王家の正当な世継ぎは俺だ!
オフィーリアにも、国にも俺が必要なハズだ!
俺をここから出せ!!」
エドワードは鉄格子を揺すろうとしたが、鉄格子はびくともしなかった。
「エドワード様、新国王陛下はあなたのことも、ここにいるどなたのことも必要としておりません」
「そんなことは……!」
「エドワード様を支持していた無能で役たずな貴族も、追ってここに参ります。
少々手狭になりますが、賑やかになるので退屈はしないでしょう」
騎士団長はエドワードたちにそう告げ、にっこりと微笑んだ。
「それでは、私はこれで失礼いたします」
騎士団長は踵を返し、振り返ることなく牢屋を後にした。
「待て!
待ってくれーー!!」
エドワードが騎士団長を呼び止める声が、虚しく牢屋に響いた。
◇◇◇◇◇
―一カ月後―
南国の島の浜辺。
パラソルの下で艷やかな黒髪の美少女が、ラウンジチェアに美しい体を預けていた。
少女は新聞の一面を見て、目を瞬かせた。
「クローネンハイト王国でクーデター。
国王と王妃と王太子を始めとした王族と、彼らに付き従っていた貴族が身分を剥奪され投獄された。
新国王には周辺国からの信頼の厚いオフィーリア(十八歳)が即位。
新国王の実弟のクルステン(十歳)を養子にし、王太子教育を始めた……」
新聞を音読し、少女はため息をついた。
「精霊王、随分派手な事をなさったのね?」
少女は隣のパラソルの下で、ラウンジチェアに横たわる男に声をかけた。
男は青い髪をかき上げたあと、カサのついたストローでジュースを優雅に味わった。
「オフィーリア。
それは君の分身、心のないからくり人形がしたこと。
僕はほとんど関与してないよ」
精霊王は七カ月前、オフィーリアの願いを叶えた。
オフィーリアの能力と記憶をコピーした彼女そっくりのからくり人形を作り、城に送ったのだ。
ただ一つ本物と違うのは「心」がないこと。
「私は心を捨ててしまいたい、からくり人形になりたいと願っただけよ?」
「君にそっくりの心のないからくり人形が、君の代わりに城で仕事をしてるんだ……願いを叶えたのも同然だろ?」
「まぁ、精霊王様はいい加減なのね」
「僕は風の精霊だからね。
地の精霊ほど四角四面じゃないのさ」
願いなど、叶える側の胸三寸でどうにでもなるのだ。
城に送られたからくり人形のオフィーリアは、心がないため誹謗中傷を受けても一切傷つかない。
しかもどれだけ働いても疲れないので、本物以上に上手く立ち回っていた。
予想外だったのは、人形のオフィーリアが究極の合理主義者になったことだ。
人形のオフィーリアは、常人の三倍速で仕事をこなし徹底的に無駄を排除した。
王太子妃の予算を凍結し、エドワードに使わせなかったのも彼女だ。
本来は国王がやるべき仕事だが、彼はオフィーリアに丸投げしていたのだ。
そして、あるとき人形のオフィーリアは気づいてしまった。
城に巣食う究極の無駄が何かに……。
彼女が究極の無駄と判断したもの……それは仕事をしない、金遣いが荒い、傲慢の三拍子が揃った国王一家だった。
人形のオフィーリアは、半年かけて反対勢力をまとめ上げ、貴族院を掌握した。
そして、エドワードの卒業式の日に革命を起こしたのだ。
人形のオフィーリアの準備が完璧だった為、計画は水面下で進み、革命自体は瞬く間に実行され、滞りなく新国王が誕生した。
エドワードや学園の関係者は、革命が起きたことにすら気づかなかったほどだ。
人形のオフィーリアは、半年前に卒業試験を受けて、一足早く学園を卒業していたので、卒業パーティーには参加していなかった。
「元王太子エドワードと彼の寵愛を受けた男爵令嬢、卒業パーティーで身ぐるみを剥がされる。理由は衣装代の未払い……と新聞に書かれているのですが。
これは、あなたが仕組んだのですか?」
オフィーリアが新聞を音読し、精霊王に尋ねた。
精霊王は形の良い唇を上げ、フッと笑う。
「面白そうだから、僕もからくり人形を作って騎士団長として潜入させたんだよ。
僕にそっくりだと困るから、適当に髪の色や容姿を変えてね」
「まぁ、そんなことを」
「君のからくり人形だけでは心配だったからね。
だけど、僕の予想に反して君のからくり人形は上手くやっていたよ」
「そうなのね」
「エドワードとリーナからは貴金属を回収しただけで、彼らの衣服には手を触れなかったから安心して。
新聞は事実を誇張して面白おかしく書こうとするからね」
精霊王が苦笑いを浮かべる。
「君が心を捨ててしまいたいと思うほど追い詰めた奴らに、一泡吹かせてやりたいと思ってさ」
「まぁ」
「卒業パーティーで我が世の春を謳歌しているエドワードに、衣装とアクセサリーの未払いを伝えたときの顔は傑作だったよ」
精霊王はそう言って歯を見せて笑った。
「それはさぞ、見ものだったでしょうね」
オフィーリアは口元に手を当て、くすりと笑った。
「僕のお姫様が笑えるようになって嬉しいよ」
精霊王はオフィーリアの笑顔を見て安堵したように微笑んだ。
精霊王は、怪我をして鳥の姿に戻ったところを助けてくれたオフィーリアに恋をしていた。
オフィーリアの「心など捨ててしまいたい」という願いを、彼女そっくりの人形を作り、彼女と入れ代えることで叶えた。
精霊王は本物のオフィーリアを連れて、南の島に移住した。
そして、オフィーリアが自然に笑える日まで献身的に支えたのだ。
「私が笑えるようになったのはあなたのお陰ですわ。
精霊王様」
「ルーベルトがいい」
「えっ?」
「精霊王ではなく名前で呼んでほしい」
「人間の私が精霊王であるあなたの名を呼んでも宜しいのですか?」
「もちろんだよ。
君に名前を呼ばれたら、最高だと思っている」
「そ、それでは失礼して……ルーベルト……様」
オフィーリアがはにかみながら精霊王の名を呼ぶと、精霊王は喜色満面の笑みを浮かべた。
精霊王の恋が成就するのは、もう少し先のお話。
終
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
もしよければ★から評価してもらえると嬉しいです!
※カクヨム長編部門に応募中の下記作品もよろしくお願いします!
「無能令息と癒やしの雨――いとこに奪われた能力を取り返したら、冷酷と噂の辺境伯爵に溺愛されました」BL - カクヨム https://kakuyomu.jp/works/822139836642710482
全てに絶望した公爵令嬢は「心のない人形になりたい」と願う・短編 まほりろ・新刊発売中・コミカライズ企画進 @tukumosawa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます